弊社スタッフが交替でお届けする、ときに鋭く世相を斬り、ときに緩やかにあなたを癒す珠玉(?)の時事エッセイ。お仕事中の息抜きなどにお読みいただけたら幸いです。

2008/10/01 第07回  日本は海洋国家

日本は島国である。人の住む400島を含め6852島からなる国家である。(周囲100m以上の島)海岸線は延べ34,850km、面積は世界第61位ながら海岸線の長さでは第6位となる。
領土の基線から12海里(22km)は領海、24海里の接続水域、200海里(370km)まで排他的経済水域である。他国とこの範囲で交又する場合は中間とする。国際海洋法に基づく領域は国土面積38万k㎡の11.76倍、447万k㎡となる。日本はまさに海洋国家である。
この不変の定義は、国の安全保障の基本とする理念として明確に打ちたて、共有しなければならないのである。
領域を自分で守れないこと、気概もないということは、「相手のなすが侭」ということである。北方領域で漁民がロシア兵に銃撃されて死んでも、竹島が韓国に不法占拠されても、北朝鮮に多くの日本人が拉致されても、又尖閣諸島を中国、台湾が自領と主張することに偽政者をはじめ日本人の多くに、国益を追求する姿勢を見出せない。大陸国家において国境は見える形で存在し、勝手に越境して他国の主権を侵すことは許されない。しかし海に囲まれた島国日本に見える形の国境線はない。(海洋国家の愚行の因はこの辺りにある。)

日本は徳川時代、国を閉鎖して外気を入れなかったが海外の動きに“鈍”ではなかった。海洋国家ゆえに、開国後の近代化へのスピードと結果を検証すれば理解できよう。更に20世紀を挟んだ激動期には、米国(海洋国家)のペリー提督が日本に開国を迫った1853年を近現代史元年と捉え、歴史を学ぶことが重要だった。又、この時代、かつての覇権国家は既に衰退期に入っていて、何故衰退してきたかを学ぶことは、近代化の手本となった英国(海洋国家)、フランス、ドイツ(大陸国家)から多くを学んだように重要なことだったのである。

海洋国家(島国日本)は、渡海して他国へ侵攻してはならなかったのである。
西暦663年の白村江の戦、1592-1598年の文禄、慶長の役、又立場を替えれば元寇(1272年文永、1281年弘安の役)もそれに適う。
海を渡って戦をしてはならないということは、近現代史のほとんどの戦にも充て嵌まる。

『1892年(明治25年)海軍中将佐藤鉄太郎は「国防私説」で海陸両軍の帝国国防に対する要点』を上梓、14項目を列記。これから導き出されることとして、海洋国家日本は海軍を主力にすれば敵国の進入を海上で防御することができる。故にシーパワーの拡充が絶対的な必要条件であると説き、更に海軍には敵国を併合したり版図を拡大する力はないから、海洋国家は侵略主義を採るべきではないと釘を刺す。(渡辺利夫著「新脱亜論」文春新書)

日本が戦に敗れた地はほとんど海を隔てた地においてである。この佐藤鉄太郎の思想と今日までの日本の変遷を照らしてみたら、結論は自と導き出される。クラスター爆弾は水際で長い海岸線をもつ国土を守るに最適の武器であるという定義付けなく、単純に廃棄にサインした愚も、海洋国家意識なき故である。日本の安全保障の基本は、海洋国家、島国ゆえに自国領域内(前記)に限定すること、ただ一点である。
この海洋国家日本を防御する理念と策が打ち出せないなら、残る方法は一つ、有事の時、海岸線34,850kmに日本人総てが起って、人壁となって防御する他なし。
日本人一人当りの海洋線は275mmだから!