弊社スタッフが交替でお届けする、ときに鋭く世相を斬り、ときに緩やかにあなたを癒す珠玉(?)の時事エッセイ。お仕事中の息抜きなどにお読みいただけたら幸いです。

2009/04/01 第15回  日本の出版・教育


2008年の書籍・雑誌の販売金額は2兆177億円(雑誌1兆1299億円、書籍8878億円)、前年度比▲3.2%、10年間で6000億円以上減ったことになる。新刊点数は増加傾向にあるが、片や品切れ、絶版数は増えている。これは目新しさを求める傾向のなかで、嘗ての名著が寂しく消えて行くことを裏付けている。
2008年7月の読書調査で、1ヵ月に1冊も本を読まなかった人は、70代66%、60代55%、50代51%、40代45%、30代44%、20代43%と多くの日本人は本を読まなくなって、販売金額の減少を裏付けている。反面小林多喜二著「蟹工船」は爆発的にヒットし、共産党入党希望者が増えているとか。これは時代を掴んだ企画力が生んだ現象だと考えられます。

IT技術は書籍の通信販売を可能にし、書店の大型化を推進、書籍の検索システムによって在庫の有無の確認、収納場所へ導いてくれる。(品切れ表示から視えてくるのは、何れ絶版になる可能性である)結果として、街から本屋さんを消滅させ、購入機会を少なくしている。
書籍を購入・借りて読まなくなった大きな因は、限られた人生の時間の使い方の変化にある。

国は学校図書館(室)の標準的蔵書数を設け、地方交付税の図書購入費として分配しているが、この交付税の使い道に強制性がなく、小学校で86%、中学校で69%しか充当されず、他に流用されている。学校図書館図書標準数は、小学校1学年3クラス、18学級で10,000冊を目標とする。しかし、これを目途に予算措置する自治体は54.8%しかなくて、今回の補正で計上する自治体は5%にしかすぎない。2009年度国家予算に占める文教・科学部門の割合は5.6%の5兆3104億円と先進国では極めて低い比率となっている。(国際宇宙ステーションの「きぼう」の年間維持費400億円等々も含まれるのでしょう)
前回記述したが、イギリスの金融危機対策の財政出動で学校関係に1兆1400億円支出する事と比較しても、日本の文教・科学部門費の低さがわかる。出版界の衰退も頷ける。

本を読むことの大切さは今更申すまでもないが、昨今の情勢では、宰相や大臣が人の書いた原稿を正しく読めないことに象徴されていく様になるのではと危惧する。

将来を担う子ども等に何故?国は投資をしないのだろうか?

自国の歴史や伝統・文化を「正しく理解する」ことの必要性を認識し、高等学校で歴史を必須とする自治体が出はじめている。これは戦後の日本国が歴史を学ばせなかった在り方への反動であり、遅きに逸した感あるも良き流れだと考えます。しかし、改めて必須にするためには「正しく理解する」為の教本が必要不可欠であることを失念していませんか。一方的方向への記述で知られる韓国で歴史教科書を見直す動きが芽生えていること、ご存知ですか。ここに国としての正しいポリシー、コンセプトが不可欠です。自国の歴史を学ばないことは国語の放棄と同じであろう。
何故、自治体によって変わるのでしょうか?
何故、国の方針として確立しないのでしょうか?
文部科学省は何を為す行政機関ですか?
現在の日本国は識らぬ間にリベラル左派に牛耳られ、例えば男女共同参画法という訳の解からぬ法を制定し、国、自治体は年間4兆円も浪費し、国民をある方向へ誘導する恐ろしい時代です。4兆円は召しあげるべき大金であり、税金です。

日本の図書館で蔵書の多い施設は国立国会図書館の880万冊、自治体では東京都の中央図書館の200万冊、多摩図書館の108万冊、日比谷図書館の50万冊(1908年開館時12万冊)計358万冊で、都民一人当たりにすると僅か0.28冊と淋しい!
上智大学名誉教授渡部昇一氏の蔵書は150,000冊(77歳にして収める書庫を借財で建てた)ダーウィンの「種の起源」初版本をはじめブルタニカ百科事典(英語版)初版から最新の15版まで全冊揃う。大学を退職した時に、所蔵する洋書をまとめカタログ作成したら600ページになった。これを見たケンブリッジ大学図書館長は、バラエティに富み上質でプライベートライブラリーではこのイギリスでもみたことがない。と語ったそうです。
想像してみて下さい。150,000冊の厖大な蔵書を!

あなたは何冊、蔵書として遺せますか?