弊社スタッフが交替でお届けする、ときに鋭く世相を斬り、ときに緩やかにあなたを癒す珠玉(?)の時事エッセイ。お仕事中の息抜きなどにお読みいただけたら幸いです。

2009/07/01 第18回  日本のポスト京都議定書案


― 排出権取引はデリバティブだ ―
経済発展と地球環境破壊は表裏であった。
現在は、経済の発展も地球温暖化阻止も世界万人の願いであるべきである。
国際的に何かを決めようとする場合、そこに各国の国益優先姿勢が強く、まさに外交そのものとなっている(核問題での北朝鮮への制裁決議でも同じであり有史以来変ることはない)。我が国は国益を顧みることなく、単純、従順にものごとを決めてしまう国柄で、結果として世界に貢献していても感謝されていない。
京都議定書締結で義務を負う主要排出国は、日本とEUだけである。協議の場は日本とEUの駆け引きの場となり、議長国日本は会議の成立に汲汲となり、関係する外務省、通産省、環境省(当時は環境庁)の省益優先で不揃い、国益という心棒なくEUの術策に嵌ったのである。
今般、2013年以降のポスト京都議定書交渉に臨む、CO2排出削減目標を2005年比▲15%に設定した。
目標設定に際し、産業界は4%を主張、環境省(公明党)は21-22%を主張した。(何を考えているの?)政府の意見公募では回答10,000件のうち4%削減が74%を占めた。無作為の世論調査では14%削減が45%で最も多く、14%として(米国も14%でしたが17%に修正)更に総理大臣はご祝儀として1%上乗せした。
新たな取り決めにあたり、1.主要排出国全員参加 2.環境と経済の両立 3.2050年長期目標設定の実現 その他森林吸収量、排出権取引は除外する。と提案し各国の協調が必須とも条件に加えた。この提案をみる限りでは、京都議定書締結の反省の上に起っているのかとも思えるが、厳しさは増大する。
削減目標を世論調査結果に添う姿勢で国益を考える日本の体質は、何事においても同じ傾向がみえる。これは権力側がポピュリズムに陥って本質を見失っているからではないだろうか。
2005年の排出量を基準とする国は日本、米国、豪州、1990年を基準とする国はEU、中国である。まずこの基準年の設定は最新の排出量算定年とすべきであり、不揃いでは協議する価値はない。
日本の立場から申せば、過去経済発展過程では公害問題を起こしながら技術革新を地道に積み上げ、世界最強の環境技術を築き、更に国の営みの中でCO2削減に緩まぬ努力を続けている国である。結果はGDP比のCO2排出量は最も小さい比率となっている。効率よく結果を出している証である。その現状から更に15%も削減するという目標は経済の発展を図りながらであり苦しい選択である。日本が高いレベルで範を示すことの意義は大きいのだが!? 問題は排出権取引です。

CO2排出権取引は削減目標を達成した国が未達の国へ超過した量を売却して利益を獲ることである。因みに2005年の主要排出国は世界全体で266億トン(2006年273億トン)でそのうち21%は米国(16%)中国は19%(27%)EU12%(10%)ロシア6%(4.7%)日本は3.7%(2.9%)である。( )は2030年予想
そこにインド8%(2030年)が加わる。

日本は排出権取引を除外すると提案したが、廃止・廃止すべきだと考える。
何故か、中国は世界第三位のGDPを達成(数年で第二位の日本を抜く)CO2排出量は世界全体の1/5を排出する国であり、年々その比は高まっている。しかも国の立場を、常に途上国だと主張し、20年も前の排出量を基準に低く目標設定すれば大きな達成量を確保でき、売却益は2-10兆円とも言われている。(全世界の排出権取引の70%もの売却権利を取得するであろうと言われている)更に先進国の削減基準を1990年と主張し40%削減要求。その上環境技術供与も資金支援もすべきという。如何にも中国!である。EUとて加盟国には途上国も含まれそこでの環境改善による排出権を取得可能にする。米国は排出権取引のマーケット構築、デリバティブ化して、新たな収入源にしようとしている。反省していない米国!(シカゴ気候取引所、先物商品取引所はシカゴにあり、賭場の総本山)
日本だけが水分のない雑巾を絞るが如く、苦境にたって更に純粋な心で削減努力を続け、付加価値を国外流出、国が毀損していくのである。
CO2排出量の検証システムとはどんなものか国民に認識されているのかは解かりません。日本はこの排出権取引システムを決めた背景を国として振り返って検証し、排出国全員参加、目標達成の為の国際的に協調できる新しいシステムを構築すべきである。排出権取引を廃止した上で。
未達国が環境改善のための公平な機関を新たに設立して資金を供出し、その機関は大局的見地からその資金を効果的に使う。自己中心的国益をもってしては地球(丸い)温暖化防止という世界万人の願いは実現しない。
国内では何事も政争の具とする国会議員(エキビト)様、国際問題でも国争の具とする位の理念、気概が欲しいものです。