弊社スタッフが交替でお届けする、ときに鋭く世相を斬り、ときに緩やかにあなたを癒す珠玉(?)の時事エッセイ。お仕事中の息抜きなどにお読みいただけたら幸いです。

2009/10/01 第22回  日本の政権交代 危うし! Ⅱ


新内閣の顔ぶれは、妥当なところで落ち着いたのではありませんか。
民主党、大勝によって大勢の新人議員が誕生、平均年令は大幅に下がった。しかし閣僚の平均年令は前自公政権より高い。これは大臣に適う人材の選択肢が狭いことであり、党として未知の部分が大きいことである。
新政権は日本を導く政に未経験ゆえmanifesto姿勢一本で臨む外ないのである。過去の政と大きく異なる政策を掲げ、大臣の意思で副大臣、政務官を指名してチームワークを以って管轄省庁を機能させるシステムは変革の第一歩か。

政権発足間もないが新政策や見解が矢継早に出て来ている。
・鳩山首相
地球温暖化ガス削減を1990年比25%と国連にて明言する。(2009.7.1第18回コラムを参照下さい)日米(軍事)同盟の堅守対等の立場を主張する。同盟とは5:5の関係であり、日本が集団的自衛権の行使を決断しない限り対等たり得ない。集団的自衛権の行使を首相が発すれば済むことであり、沖縄基地問題の解決もスムーズに運ぶ。又、自国を自力で守る姿勢を日本人が持つことに繋がるが、勇気なく、やっぱり解っていない。
・北沢防衛相
与那国島に前政権は陸上自衛隊配備を前向きにと発表したが、大臣は「隣国(中国ですよ)を刺激する」と撤回示唆。これは首相の「日本列島は日本人だけの所有物ではない」を実践か?国の領土そして尖閣諸島の現実を無視する、超リベラル的発想である。(中国は2016年までに2隻の航空母艦を完成させ旧ソ連海軍より購入した空母の3隻で制海権を握る意図である)やっぱり解っていない。
・岡田外相
核持ち込み密約を米国は「有」として情報公開している。日本では「無」が罷り通っているので追求するという。それが国益を毀損して来た外務省を正すのか。「無」と言った人を責めるだけでは意味はなく、唯のパフォーマンスである。インド洋給油を中止するテロ対策行動の代りに、アフガニスタン自衛隊派遣は危険で制約があるから出来ない。しかもアフガニスタン国民自身が国家再建の努力をするために国際社会が支援することが大事と言う。(資金援助主体の考え方)(民間団体の日本人医師が20年間医療活動の外、24.3kmの水路をアフガン人を指導し完成させ不毛の地を蘇らせた苦難な努力を何と見る)やっぱり解っていない。
・亀井金融担当相
中小弱小企業(個人も含)への貸付金返済3年間猶予検討指示。弱い立場の人達への配慮は大切だが、徳政令でもあるまいし資本主義の本質を、やっぱり解っていない。

他に、アムネスティ関係者の千葉法務大臣が誕生し、自公政権の裁判員制度への国民参加は死刑判決を出せるか否かに関わり、死刑廃止論が浮上するであろう。国連から非難されている日本が、日本の論理を貫けるか否か前途多難。(裁判員制度を深い議論もせず法制化した議員達だから案外あっけなく死刑廃止を決めてしまう可能性あり)
過去の自由民主党政権に比べて異なる考え方を確り伝えているが故に、国民は漠然と期待しているようですが、それが正しい選択なのかは別である。

特に注目したことは、「事務次官会議の廃止」である。
123年間続いていたとは驚きである。初代内閣総理大臣伊藤博文が誕生したのが1885.12.12で、1888.6.30までの第一次内閣の時に始まったことになる。営々と続いてきたことは議会制民主主義の歩みと共にあった証である。日本の過去(歴史)を正しく学ぶ、またと無い機会ではありませんか。
そこで前回危惧していた"村山談話"を鳩山首相は、中国胡錦濤主席に踏襲すると発言してしまった!? 中国が日本の首相と初めて会う時に必ず持ち出すカード(外交)である。
日本国が明治維新から辿って来た道、又、欧米列強が全世界的に何をして来たのかを識っていれば少なくとも踏襲するなどとは言わない筈である。

1494年、時のローマ法王が「スペイン、ポルトガルのあいだで地球を二分してよろしい」と許可を与えたところから両国の侵略がはじまる。(トリデシリヤス条約)そして以降、英、米、露(ソ)、仏、蘭他の侵略国家群が20世紀にまでどのように他国を侵略し続けて来たか、戦前の人々は識っていた。因みに、
1936年当時、独立国は70余国、世界の支配面積は大英帝国27%(本国の100倍)、ソビエト連邦15%(ヨーロッパロシアの10倍)、フランス9%(本国の1.5倍)、アメリカ合衆国6.8%、この4ヵ国で世界の国土の57.8%を領有。他にブラジル5.7%、イタリア2.7%、ポルトガル1.7%、ベルギー1.6%、デンマーク1.6%、オランダ1.4%(本国の60倍)、スペイン0.6%、この7ヵ国で15.3%、合計で73.1%を領有。他の60余国で1/4たらずの土地を分けあっていた。
満州事変以前のアジア全土の99%はヨーロッパ列強の専断するところであった。
日本は、1/4の1%の国土に独立国人口の10%、7200万人が住んでいたのである。(1951.5月アメリカ上院軍事外交合同委員会でマッカーサー元帥が証言した内容を日本人は認識すべし)
当時の日本人は欧米諸国を「侵略国家」として認識し、指弾していたのである。日本は侵略されなかったアジア最後の砦であったのである。
敗戦前日本人や欧米人による侵略史の記述文書が数多く出版されてきたが、日本の敗戦を境に「侵略国家」=日本とされてしまって、今日定着してしまった。これは占領軍によって欧米諸国の侵略史記をすべて焚書にし、新たな歴史として創り代えたからである。(多くの日本人が協力させられた)(一部西尾幹二著 GHQ焚書図書開封2より)
ここに1951年9月7日吉田茂首相のサンフランシスコ講和条約受諾演説を記す。

「われわれはこの人類の大災厄において古い日本が演じた役割を悲痛な気持をもつて回顧するものでございます。私は、古い日本と申しましたが、それは古い日本の残骸の中から新しい日本が生れたからであります。わが国も先の大戦によって最も大きな破壊と破滅を受けたものの一つであります。この苦難によってすべての野望、あらゆる征服の欲から洗い清められて、わが国民は極東ならびに全世界における隣邦諸国と平和のうちに住み、その社会組織をつくり直して、すべての者のためにより良い生活をつくらんとする希望に燃えております。」
ここにあえて村山談話を記さないが、吉田茂と村山富市を比較してみるとき、政治家としての風格の違い、そして昭和26年当時と平成7年当時との国家の風格の違いに慄然とする思いである。(八木秀次)