弊社スタッフが交替でお届けする、ときに鋭く世相を斬り、ときに緩やかにあなたを癒す珠玉(?)の時事エッセイ。お仕事中の息抜きなどにお読みいただけたら幸いです。

2010/03/01 第27回  日本の政権交代 危機! Ⅱ


先の衆議院議員選挙で投票した有権者の60%の支持は、民主党政権を誕生させた。
半年を経過した今日、世論調査では政権を支持しない人の割合が指示する人を上回ってきた。要因は鳩山由紀夫首相・小沢一郎党幹事長の「政治とカネ」に纏わる疑惑が払拭されていなないことに対する結果である。反対に下野した自民党の支持率は上昇したか?党に対する失望感は閉塞感となって定着し、与党の敵失をチャンスとして捉え、攻め切るカードを持たぬため、支持率は低迷のままである。偽政者になれば志を貫く気概も仮も喪失し政局に走り、世論に向けて"国民・民意"という言葉を安易に使用して刷り替えても、冷めた日本人を明るい将来へ導くことは難しい。

日本の政権交代危うし!(2009.9.18)から連続して問題を掲載して半年、安定するどころか更に危うい!政権運営が続き危機!を通り越して危険さえ感じる。国内政策ついては新しい視点からの改革であろうから、議論ある所大いに論議して結論を得れば国家衰亡に係わることもないだろう。しかし対外政策においては、国益優先は勿論だが外交術を駆使しなくてはならない。その最大の懸案事項は日本の安全保障である。普天間米軍基地移設問題では数人党のイデオロギーを容認、国家としての統一理念哲学なく、自論百出、ここには国益も外交術もない。日米同盟は崩壊への道を歩んでいる。(日米同盟の亀裂は、韓国、台湾をはじめアジアの自由民主主義国家に懸念を与えている。中国は黙して語らず、内心北叟笑む)
安全保障とは軍事面のみに非ず。次なる問題も日本国の安全保障である。
「第26回で*(2010年上海で始まる万国博を利用した我が国を貶める戦略に要注視!!)
詳しく説明する。中国政府は鳩山首相が上海万博を訪れた時、「南京に来て欲しい」その交換条件として胡主席が「広島を訪問しても良い」と非公式の打診があった。広島へは過去多くの国家元首が訪れていて、それと同列である。しかし鳩山首相が南京訪問することは「南京屠殺記念館」へ行って日本国が30万人の中国人を虐殺したという中国の歴史認識を認め、謝罪させられる仕組みになっているのである。結果は、日本国が存続する限り責め続けられ日本国の矜持は永遠に保てなくなる。取り返しのつかぬ重大な行為となる。
(この記念館建設を提案したのは日本社会党M.Tであり資金不足を理由に躊躇する中国に総評を通じ、寄付までしていることを日本国民は知らない)
又、この記念館は江沢民時代から反日教育の場となっているのである。更に、2月9日の日経に、日中有識者による「新日中友好21世紀委員会」に温家宝首相がコメントを発した。
「中日関係の基礎は国民にある」と国民感情の改善に強い意欲を示した。特にメディアを通じ青少年の感情を好転させたい考えを強調「中日関係はアジアや地球規模の視点から見つけるべきだ」これだけの記事で目立たない。"青少年の感情を好転させたい"に注目すれば、反日教育の仕上げを鳩山首相の南京訪問で完成させ、歴史共同研究委員会での見解の相違も謝罪をもって幕引きにすれば、中国の歴史認識が定着し青少年の日本に対する感情も安定し好転する。という意味が隠れていると考える。
結論は、鳩山首相は絶対に南京訪問をしてはならない。
又、これを機会に南京事件とは何だったのか?捏造された歴史認識を正常に戻すために、我々は真実を求めて行かねばなりません。少し長くなりますがお付き合い下さい。
最近発表された"日中歴史共同研究委員会"での論議と関連が深く(日韓にも同様の委員会あり)、日本の偽政者の歴史認識は御用学者、左翼作家、左系ジャーナリストの歴史認識と共に国の衰亡に係わる!!ので、一つの研究項目に絞って警鐘とする。

「南京事件」
日本側見解:日本軍による虐殺行為の犠牲者は、日本側の研究では20万人を上限として4万人、2万人などさまざまな推計がなされている。
中国側見解:「東京裁判では20万人以上を認定、南京戦犯裁判軍事法廷は被害者は総数30万人余に上る」と認定した。
日本側見解は何処まで多角的、多面的な資料をもって実証して委員会の机上に載せたのか大いに疑問である。まず、南京事件というタイトルを認めることは、大虐殺を事件として認定している。それを前提に日本側の見解が出されている。(まるで他人事である)
中国側見解は南京で日本軍と戦った中華民国国民党のプロパガンダ戦略の定着を基にする見解である。(共産党軍と日本軍との戦いは限られている)

南京戦(1937.12.9包囲、12.13陥落)は大規模な戦闘で中華民国国民党軍(蒋介石)や日本軍に多くの戦死者が出たことは事実である。
南京事件といわれる大虐殺は中華民国(蒋介石)の情報攪乱謀略宣伝であったのである。
国民党宣伝部国際宣伝処刊行の「戦争とは?日本軍暴行録」が情報源で、イギリスのジャーナリスト、ティンパーレーが宣伝部国際宣伝処に雇われ捏造した宣伝本である。英語版のほか、中国語、ドイツ語、フランス語、日本語(訳者共産主義者)など十か国以上に翻訳され世界中にバラ巻かれた。
疑問点を一部列挙する。どの内容を取り挙げても紙面は足りない。

・ 南京を国民党軍は何故オープンシティ宣言しなかったのか?
・ 蒋介石をはじめ軍幹部、南京市長や多くの要人は開戦前に南京から漢口に逃亡している。
・ 南京の戦闘前後の人口の変化をどう説明するのか?
・ 中国大陸におけるキリスト教宣教師の普及活動の実態はどうだったのか?
・ 市内に設けられた安全地帯とは何だったのか?又、管理する委員会ラーべ 他欧米の宣教師のフィッチ、マギー、ミルズ、スマイス、大学教授のベイツやジャーナリスト ダーディン、そしてスメドレー、スノー等がどの様な背景の人物でこのプロパガンダにどう係わったのか?(中華民国自らは一切表に出ずこの20人足らずの欧米人が日本軍の残虐性を世界中にプロパガンダした)
・ 南京戦前後に国民党軍の記者会見が300回も開かれ、そこで日本軍の虐殺行為など一度も触れず、非難もない。
・ 国際連盟理事会で中華民国代表が20,000人虐殺を非難したが、対日制裁などの決議もなく不問であった。(戦死者を言い換えたのか)
・ 南京攻略総司令官松井石根大将は"大虐殺"という言葉をきいたのは終戦後である。又、死刑判決は"平和に対する罪"36項すべてに無罪、通例の戦争犯罪訴因55項目のうち1つだけが有罪で断罪された。
・ 広田弘毅外務大臣は南京事件が主な訴因となり、死刑判決が出された。なぜ?
・ 東京裁判で20万人説が出たのは、基は国際連盟での20,000人説が有力で米国の認定は日本人に対する虐殺(都市無差別爆撃、原爆投下)を掏り替えるロジックである。
・ 1949年建国の中華人民共和国毛沢東主席(南京大虐殺を世界に広める役割を果した宣教師たちを国外に追放している)、国民党・ソ連共産党そして日本とも接点をもっていた周恩来首相も、生涯一度も南京事件に触れる事はなかった。(二人とも国民党のプロパガンダだという事を承知していたからである)

まだまだ疑問点は山程ある。又、肝心な事は、南京戦に参加した日本軍人から大虐殺の事実を多くの日記や証言から全く聞えてこないのである。
そして、当時としては従軍記者・カメラマンが軍に同行、戦況取材し、情報として上海経由で日本に送っていたのである。南京戦には朝日新聞80~90名、毎日新聞70~80名、他の社の記者も同行、又、多くの文化人も南京入りしていたのである。彼らから当時、戦後にわたりこの大虐殺を見た者は一人も出て来ないのである。東京裁判終結以降の日本では問題にされなかったのである。
では何故現在問題になっているのか。藪で蛇を突ついたのは日本人(大森実、大宅壮一、秦豊ら評論家、報道陣)である。そして、1971年、情報鎖国状態の中国政府に中国取材を申請した者がいた。朝日新聞である。取材内容を詳細に申請し、その内容に中国側国益事項が入ってなければ許可されない。そこに南京30万人大虐殺の取材申請が入っていたのである。中国側は大虐殺がなかったことを識っていながらこれを利用しない手はない。取材にむけ証言者、説明役を創りだし、取材に応えたのである。朝日新聞記者はすべて鵜呑みにして「中国の旅」を連載、後に単行本を刊行、日本中を驚愕させたのである。

従軍慰安婦問題を捏造したのも朝日新聞記者である。
戦後、日本を貶める為に、その因を創り出したのは日本人自身である。
日本国を毀損させ、その為に頭を垂れ謝罪し、相手国の言い分に添う外交を続けて来たかを、我々は自国の問題として猛反省しなければならない。近現代史において関係国と歴史認識を共有させることは出来ないのである。
国会議員のなかに日米開戦すら識らない人が居るって、信じがたい!
戦後の社会を大きく歪めてきた社会主義者陣をすべて排除し、1853年から自国の歴史を改めて問い直すことであり、国にそれを求めたい。
昭和を時代と共に生きた年代の、次世代人に対する責務である。

鳩山首相が南京訪問したら日本は取り返しのつかぬ立場に身を措くことになり、未来永劫にわたり他国から侮蔑の眼で見られ続けられるのである。現在も中国、アメリカ、ドイツは協同して南京事件をテーマにしたプロパガンダ映画を世界に配信しているのである。日本人はそれに耐える覚悟を持てるのですか?
先人や心ある人を信じよ!

主な参考資料:内外267点の資料を駆使した阿羅健一著「再検証」南京で本当は何が起ったのか?(徳間書店)他