弊社スタッフが交替でお届けする、ときに鋭く世相を斬り、ときに緩やかにあなたを癒す珠玉(?)の時事エッセイ。お仕事中の息抜きなどにお読みいただけたら幸いです。

2012/04/02 第52回  総括!2011年度の日本


日本の年度は4月1日から翌年3月31日までを云う。2012年度を迎えるにあたり、11年度を総括しなければ先へ進めないと考える。

何を措いても2011年3月11日の東日本大地震、大津波(各種データは後述)そして、福島第一原子力発電所事故による複合被災は、日本の敗戦後最大規模である。そして、災害による影響は多様で複雑に絡んだ問題として液状化の如く噴出した。その処理、解決には国家の力が不可欠なのであるが、理念なき国家故に将来像を示せず、多くの国民の希待に添えなかった。だが、被災者の心情に寄り添う多くの日本人が居て、何と素晴らしい質の高い民族なんだろう!と海外諸国からも温かい支援と同時に賞賛の言葉を頂いた。

この期は東日本大震災を国の戦後体制からの脱却、再生に繋がる最大のチャンスと捉えて来たが、総括すればこのチャンスを活かせず、多くの国民の情念は喪われつつある。強力なリーダーシップを以って、この危機を乗り切る国家指導者の不在、更に指導者たりうる人達の無能振りは、敗戦後の社会で喪った日本人の真情が何であったのか自らが晒してくれたのである。
国家指導者とは誰を指すのでしょうか?
内閣総理大臣を頂点として民主主義の源である立法、行政、司法でその任にあたる人達、それに産業界経営者各団体、更に教育者も含めた層を国家の指導層と分類したい。そこに属する人々が自らの立場にどれ程社会的責務を負っているのかとの認識をもって任を真っ当して来たでしょうか?
又、社会に大きな影響力を持つ面から考えれば彼等にマスメディアを加えなければならない。

敗戦後、占領下で新しい社会に踏み出した日本人は、与えられた似非民主主義社会を今日まで押し戴き誤った価値観を蓄積させ、気づかず辿り着いた先が震災後の日本、日本人の姿である。
東日本大震災の各種データを最後に載せる。そこからこの1ヶ年に起きた多くの政治的、社会的、個人的問題点が浮び掘り興せる。譬えれば際限がないので、ここでは記さない。

このコーナーでこれだけは伝えたいと考える事を以下に記す。

東日本大震災で日本民族の誇りを発揮したのは被災者及び直接寄り添った人達であり、多くの日本人は表面的であった。復興には先ず瓦礫処理からと発言してきたが、東京都をはじめ一部自治体のみ積極的に動いただけで、多くの自治体は声の大きい一部の個人主義者の為に動かなかった。そして、今の自治体の豹変する容は見悪い。他者が動き流れが見えてから動く社会に怒りさえ抱く。

日本の原子力発電を含む熱エネルギー問題は原発事故によって大きな岐路に起つ。原子力発電が大きなリスクを内含している事が分った。だが脱原発に過激に走る片寄った人達の論理が日本人の総意!?ですか。それらの人達を応援する如く発言するマスメディアや指導者の中にも自分の意見を殆んどの国民の総意である如く摩り替え世論を動かす。こんなポピュリストによって日本社会は構築されて来たのである。 郵政民営化を大改革と称して国民を扇動した自民党小泉政権。その流れの政権を蹴落とす為にマニフェスト選挙を仕掛け、政権党になり更に、国民に阿ね、ポピュリスト集団化した左派民主党政権。更に更に地方分権化がすべての様な指導者迄出現する社会になった1年でした。この日本の原子力エネルギー問題は国家が解決する問題であり、脱原発、脱原発依存、維持等の意見は必然的であるが、過激意見を排除しながら冷静に将来を決定する仕組みの構築が望まれる。

東日本大震災で苦しむ被災者に世界の国々から種々な支援の手が差しのべられた。反面、苦しみに応えられない国家の周辺では、支援の手の裏側にある国家戦略を隠すことなく露骨に我が国を挑発する国、中国、韓国、北朝鮮、露国が頑として存在する。これに対して何の抗論もできない日本国家に憤慨す。

北朝鮮の弾道ミサイル発射計画に対し、万が一に備えて日本の安全保障の上からの防禦システム構築に、何で地方自治体首長の了をとる必要があるのか?地方分権もここまで来ると国家の衰退、解体では!?

所詮、敗戦後も一部の指導者と一時期を除き、国家観なき指導者の下で生きて来た日本人に、国家の一員であるという信念など醸成できない。その多くの日本人の一票が国を毀損して来た事に我々は気付かなければならない。
この東日本大震災後の1年間は、戦後の体制を組み替える大きなチャンスであったのだが、残念である。

この閉塞感国家日本で、この期一番の明るさは、全国高校選抜野球で選手宣誓した石巻工業主将のメッセージに込められた若者の総意であろう。私も感動したひとりである。

それからもう一つ。2月に河村たかし名古屋市長は1978年姉妹都市になった中国江蘇省南京市の要人との公式会合の席で、先の大東亜戦争での「南京攻防戦(1937年12月10~13日 陥落の公式発表)」における日本軍による30余万人の大虐殺を否定する発言をした。
これに対して、中国政府は「歴史の歪曲」と強い不満を表明。南京市は姉妹都市としての交流行事を当面中止すると発表。
河村市長は「南京事件に関してはいろいろな意見があり、のどの奥に刺さった棘のようなもの。私も南京に赴き皆さまと討論会をしたい。新たな研究成果も出ている」と発言の撤回はしないという。
この河村たかし名古屋市長の発言姿勢は快挙である! 溜飲を下げる想いである。

今日迄、中国、韓国、ソ連・ロシアは歴史認識で戦後日本人の精神をどれだけ弄んで来たのか。その基を作り出したのは左翼日本人達であったのである。結果は歴代の国家指導者は叩頭、事大姿勢の侭強者に媚びる弱者の如く、日本民族の資質を低俗化させてきたのである。
この河村市長の発言に対して政府は、ノーコメントで通すべきであったのだが、
藤村修官房長官は「非戦闘要員の殺害、略奪行為は否定できない。村山談話以来政府の姿勢は変わっていない」と言う。今日まで歴史の検証もせず、東京裁判をすべて肯定し、日本自らが積極的に誤ちとして認め、謝罪し続けて来た結果が今日の関係を生んで来たのである。
国の借金を次世代に先送りしない為にも・・・と指導者は言うが、この歴史認識問題でのこの現実を次世代に先送りする事の方が重要な課題である。
此度の河村たかし名古屋市長の発言に中国のそれからは、国内情勢故か?尻蕾になっている。
歴史の真実を多角的に多くの資料を駆使して国家の基本姿勢とする強力なリーダーシップが指導者には求められるのである。冷静に歴史検証しない国、中国、韓国、ロシアそれに将来北朝鮮が加わるはず。それらの国々と歴史認識で議論しても相互理解出来る希待などないからである。
野田総理大臣と韓国李明博大統領の京都での会談で、李大統領の非礼な態度は国家元首としての資質の劣悪さを露呈したのである。それに対して前述の藤村修官房長官は「条約で解決済みだが人道的見地から再考する方向で・・・」これって何!?
会談に叩頭姿勢で臨んだ総理、そして官房長官の声明は外交ではなく、害交である。
震災1周年の式典(天皇陛下ご臨席)で台湾(中華民国)の代表者を一般参列者扱いした政府の姿勢は礼を逸した恥ずかしき決定であった。
野田総理は礼を逸したと語ったが、藤村官房長官は決定を肯定する。
こんな国を貶める指導者は国政から去れ!

ここで「南京大虐殺」として日本を貶める歴史認識を細かく論ずる紙幅はない。この事について今日まで膨大な研究資料が多くの研究者によって世に出て来た。又、海外の秘密文書公開を自らの手によって地道に研究する人達によって、歴史の整合性もとれるようになって来ている。しかし、国が動かない。左翼学者・左派メディアが動かない。中国・韓国が反日教育の素材として歴史捏造した事が真実化して行く恐ろしさを日本人はもっと真剣に考えなくてはならないのである。
東京裁判でA級戦犯として起訴された松井石根陸軍大将は「南京大虐殺」を戦後初めて識ったのである。判決はa項では無罪、b項で死刑を宣告され、刑死(12月23日 今上天皇の誕生日)した。即ちB級戦犯としてである。(南京陥落後、国民、マスメディアによって英雄視されたが、戦犯として収監された後、多くの日本人によって罪人扱いを受ける)この事実から何を想う!

「南京大虐殺」は日本軍が南京占領後に開始されたと、戦後になって俄に喧伝され出したのである。日本人が「南京大虐殺」なるものについて聞かされたのは東京裁判と、また東京裁判と併行してNHKがラジオの電波に乗せて全国の茶の間に流した番組「真実はこうだ」を通じてであった。「真実はこうだ」は占領軍の要請に従って作られたものである。(NHKは現在も反日放送局である)沖縄の集団自殺が軍の命令ということも占領軍の指示で書かれた「鉄の暴風」が因である。戦後社会を構築した最悪の功労者は180°変節したマスメディアと多くの左翼学者、文化人達である。それが殆んど占領軍の戦略であったのである。毛沢東(T.T.MAO)は南京戦当時もその後もこの件で生涯を通していっさい言及していない。又蒋介石政権も当時日々記者会見を開くが一切言及なかったのに、東京裁判で「南京大虐殺」を言い出したことは、アメリカにとっても格好のエクスキューズだったのである。
何故?なら、1944年6月の八幡空襲を初めとした国際法違反の無差別爆撃は10月の沖縄全域空襲、1945年3月10日東京大空襲(死者8万人~10万人、負傷4万~11万人、焼失26万8千戸)、広島、長崎の原爆投下も含め、敗戦までに全国430市町村、死者562,718人、行方不明25,853人、負傷者299,734人、損失家屋2,342,447戸に達したのである。(沖縄は含まず)(Wikipediaから)
沖縄では軍属9万人、民間人10万人(沖縄出身の軍人、戦後病、餓死者含めれば15万人で計24万人と言われている)
南京戦時、城内の人口は約30万人と推定されていた。30万余人の大虐殺は南京城内人口のすべての人に充てはまる。上述の無差別爆撃と比較してみれば答えは自ずと出る。
無差別爆撃を強行推進したカーチヌ・ルメイ将軍は「もし我々が負けていたら、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸い私は勝者の方に属していた」
連合国側はこの法廷を「文明の裁き」と自称したが、イギリス、フランス、オランダはこの裁判と同時進行的に日本軍撤退後の東南アジア諸国への「再侵略」を臆面もなく果たしている。ソ連は日本兵捕虜たちをシベリアへ拉致、抑留するという国際法違反の最中であった。欺瞞に満ちた裁判が自国に都合のいいように、理屈に合わないことを無理におしつけて、日本のみを断罪したのである。結果は、現在に至るも日本国及び日本人は自らを呪縛し、自立自存できずにいるのである。

その一例をTV番組から。山崎豊子原作「運命の人」(TBS系)最近には珍しい社会派ドラマであり、秀作だと思うが視聴率は低かった。その中で気になるセリフが一言含まれていた。
「沖縄戦で島民が洞窟に隠れて潜んでいる時に、米軍の攻撃が聞こえ、子供が怖い!殺される!と叫んだ時、周りに居た大人が日本軍が支那人にして来た事が今度は我々に!」これが現代日本人の歴史認識である。「死して虜囚の辱を受けず。死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」これは戦陣訓の一つであるが基は、日清戦争の時に支那の捕虜になれば残忍なる酷い扱いを受けるので、山縣有朋が軍人に与えた訓示が原形である。これは中華有史以来継続してきた中華民族の残酷、残忍な性である。日本民族を貶める為には手段を選ばぬ民族であったのだ。

河村たかし名古屋市長に一言。市長は1937年の南京戦の事を発言しているのでしょう!
発言で「南京事件」と伝わって来ていますが南京事件は1927年に起きた事件を差します。

毎回長くなります。鳥渡した事を真剣に受け止め纏めてみると、歴史問題は際限がありません。この文章から読まれる方が何かを感じて頂ければ長文になることを許容されると信じています。
新しい動き! 都立高校地理歴史教材の平成24年度版に東京裁判の実質責任者だったGHQ最高司令官マッカーサー元帥が1951年5月3日米国上院軍事外交合同委員会における証言の中で大東亜戦争は「主に自衛上の理由から戦争に突入」と証言した事が記述される。(2012.3.30産経新聞)
村山談話の否定につながる動きである!

 参 考 中村粲(あきら)著 大東亜戦争への道
ユン・チアン、ジョン・ハリディ共著 マオ-誰も知らなかった毛沢東
早坂隆著 松井石根と南京事件の真実 他

2011年3月11日 午後2時46分 東日本大震災の各種データ(東北地方太平洋沖地震・津波2012年3月合同調査グループ調)

最大震度7(震度4以上は北海道から大阪府に亘る広域)
最大規模M 9.0
余震震度4以上 2012.3.14まで 231回
地盤のずれは牡鹿半島で東へ5.3m動き、1.2m沈降
浸水面積561 km2(山の手線内側面積の9倍)
死者15,854人
行方不明者3,155人
避難者数468,653人(2011.3.14 最大値)
親を失った遺児、孤児   1,600人
建物被害1,168,453戸(全壊129,107戸)
瓦礫(3県)2,253万トン(茨城、他含まず)
液状化関東1都6県 96市町村
帰宅困難者515万人
被害総額17兆4,000億円(阪神大震災9兆6,000億円)
(原子力発電所事故による被害除く)
電気871万戸停電
都市ガス46万2,528戸供給停止
水道230万戸断水
派遣・支援警察 94,700人(延べ886,300人)
消防 30,463人(延べ121,071人)
医師・保健婦 23,210人
自衛隊 107,000人(最大延べ10,580,000人)
自治体職員 7,9107人
ボランティア 939,300人
義援金 3,493億円
海外 63ヶ国地域から救援物資