弊社スタッフが交替でお届けする、ときに鋭く世相を斬り、ときに緩やかにあなたを癒す珠玉(?)の時事エッセイ。お仕事中の息抜きなどにお読みいただけたら幸いです。

2012/10/01 第58回  岐路に立つ日本!


2011年3月11日の大地震・大津波・原発事故の復興は、1年半経過した今日に至るも目処が立っていない。(現地の様子を撮影した写真4葉最後部に掲載)
この悲劇、惨状下で国民は再起を目指し、耐え、頑張っている。
しかし、民主党政権の稚拙で知恵も行動力もない国家運営故に、隣国は日本の領土に
不法な実効支配を強行したり、略奪戦略を現わにしてきた。
尖閣諸島の日本国有化は中国の官製暴挙を生んだのである。
これも「想定外」と言いたいだろうが、国民は物言えぬ日本国を憂い、傍若無人な中国には怒りさえ憶える。

今月はこの中国の厚顔無恥な体質は何処から覗えるのか?

1931.9.18中華民国奉天で起きた柳条溝事件から記す。
奉天は現在の瀋陽市である。瀋陽で想い出されるのは、北朝鮮の脱北者が日本総領事館に亡命したいと敷地内に入ったのを中国武装警察官に連れ去られるのを日本人は保護せず達観していた事件である。
柳条溝と当時表現していた歴史認識を中国のいう柳条湖に変えて表現するのは誤りである。これは島根県竹島を表現する時に(韓国名 独島)魚釣島(中国名釣魚島)と但し書きする日本のマスメディアは日本の公共情報機関であるという誇りもなく、誤った姿勢である。

※1柳条溝の南満州鉄道の線路上で爆発が起き、線路の一部が破損:枕木の破損2箇所にとどまった小規模な出来事である。すぐ補修され列車運行に支障はなかったのである。
この爆破事件の主謀者は関東軍板垣征四郎大佐、石原莞爾中佐とされ、自作自演が満州事変へと発展したという。この日を中国は「国恥の日」としている。
板垣征四郎はA級戦犯として処刑、石原莞爾は「満州国建国にもっとも深く関わったのは自分であり、日本の戦争責任を裁くなら、戦犯1号は自分である。まず私を裁判にかけよ」と要求するが、何故か?外される。
世界的指揮者小澤征爾の名前は板垣征四郎、石原莞爾から一字ずつ頂いたのである。

何故「国恥の日」なのか?
東京裁判以来 満州事変は日本国の中国侵略の第一段階とするのが定説とされ、日本国弱体化の道具にされてきたのである。
この時代、日本が爆薬に点火しなければ、必ず中国側によって点火され、戦火拡大へ継ったのである。それ程、満州の緊迫状況は持ちこたえる得る限界に近づいていたのである。
柳条溝事件は無数の原因累積の上に加えられた最後の小原因であり、満州事変は日本の中国侵略の出発点ではなく、四半世紀に亘る中国の排日侮日政策の必然的結果である。
又、四半世紀の累積の因は主として鉄道政戦である。

日本国は日露戦争で満州を露国の手中から救い出し、この荒蕪の地に鉄道を敷き(世界最高の技術投入)産業を興して繁栄の基を築き、かつ関東軍によって治安を確保した為、満州には中国内乱の惨禍及ばず、平和な別天地として発展した。
中国の戦乱を逃れんとする漢民族が満州に流入し、その数は毎年100万人といわれ、1911年の辛亥革命当時1800万人だった満州の人口は満州事変の頃には3000万人に達していたのである。(米軍基地問題で揺れる沖縄県の人口が何故増え続けるのか?識りたいものだ)

満州の独立運動に於いて治安維持に若干の日本人が顧問として入った事実はあるが、関東軍は一切関係しなかった。
日本政府も参謀本部も満州独立運動を支援したことはなく、それどころか幣原外相、南陸相は「日本人の満州に於ける新政権樹立運動に関与することを厳禁する」訓令を発していた。
訓令に従っていた日本の文武官憲は独立運動との関係を避けていたものの、運動が支那人、満州人、豪古人の間に確立するに至って無視出来なくなった。
南京国民政府と断絶して満州に新独立国家を建設するというのは、張学良軍閥政治を忌避する満州文治派政客の構想だったのである。
決して日本人が勝手に描いた夢想ではなかったのである。
※1.(大東亜戦争の道 中村粲著から引用)

※2.…古来、文明国家は海外の自国民とその権利、権益を適正な手段と理性の原則にのっとって保護することを常としてきた。(1938年3月17日 コーデル・ハル)

大東亜戦争処理の東京裁判で欧米列強は日本の朝鮮問題では無罪とし、満州事変では有罪とした。しかし、侵略行為で有罪としたのではない。国際連盟もアメリカも日本が満州を侵略したという非難はしていない。
日本は国際条約を破り、条約当事国の満州における権利を侵したから有罪なのである。
又、中国も日本と並んで有罪とされた。
中国にいわせれば、日本と中国を非難している欧米列強も日本と同じくらい罪が重いという。
東京裁判での公式の日本非難に朝鮮の「奴隷化」とか「凶暴で貧欲な」という道義的表現が使われているが、日韓併合当時は「法の秩序」と日本の手段の「合法性」という言葉で議論されていたのである。
国際問題は「道義的」かどうかでなく「合法」かどうかである。

※2.Mirror, for Americans:JAPAN HELEN MEARS
1946.2 GHQ労働局諮問委員会11名の一人として来日、帰国後出版。
1949.8.6 占領が終わらなければ日本人は、この本を日本語で読むことは出来ない。
(発禁)ダグラス・マッカーサー

1931.9.18を中国は「国恥の日」として日本を侵略国として未だに非難し。尖閣諸島の日本政府国有化に反日デモを容認、日本企業への破壊・略奪・放火の暴挙を放任したことは日本国民への最大の侮辱である。「法と秩序」「合法性」からも道義的に表現しても国際社会での秩序維持に最低限備わっていなくてはならぬ条件は「法治国家」であることである。
中華人民共和国はその枠外にある共産党(1921年政党化)一党独裁人治国家である。

前記の満州事変前の四半世紀の累積した火種は、排日侮日政策と対にあった残忍な暴力行為にもある。
そして、1949.10.1人民共和国成立後の中国と成立以前の中国は国の容が全く違う中華民国を指すのである。この処を明確に認識しておく必要がある。
今日迄、社会体制が変わっても当時の排日侮日政策は生きていたのである。特に江沢民前政権から非道くなり中国全土には「反日記念館」が266ヵ所の「愛国主義教育模範基地」に指定された施設として併設されている。
ある記念館の武器展示に軍刀、機関銃、大砲、巨大砲がこれみよがしに展示され「これで日本に勝った!」と言いたげな細工をしているが、驚くなかれ! 99%武器は日本製だ!!
現在の反日教育は朝鮮半島でも同じである。

江沢民前総書記来日時、天皇陛下主催の晩餐会席上で日本国・天皇陛下を侮蔑する発言は、竹島上陸後天皇陛下へ「訪問したかったら・・・謝罪せよ」と要求した韓国李明博大統領の発言と勝るとも劣らないものだったが、日本国国民は怒らなかった。以降発生した種々問題が日本国民の心に累積し、日本国民は今、怒っている。

※3.満州事変前の俳日教育は国民党の組織化に伴い排日運動も国家的背景をもった官民一致の行動となり、絶対至上の国是の如きものになった。排日を奨励又強制する法律を布き訓令を発し、学校に於いて排日教育を行い、軍隊において排日宣伝をなし、排日唱歌・軍歌を歌わしめ、こうして国民の胸裡に抜き難い排日感情を備え付けたのである。
勿論、自国の罪科責任は事実を歪曲してこれを隠し、ただ日本の圧迫を誇大に列挙して無知な兵隊を火扇り純真なる児童の脳漿を混乱せしめたのである。
排日教育を受けた学童が十数年経てば、支那を動かす青壮年に成長していくのであり、排日教育の与える毒害には恐るべきものがあった。

排日記事は、地理、歴史、国語、唱歌、公民、社会常識等あらゆる種類の教科書に散財したのであり、その中心題目の日本帝国主義打倒であった。
具体的な排日項目としては
・不平等条約の撤廃
・日清戦争の馬関(下関)条約の不当
・義和国事件最終議定書に於ける損失(1900年)
・大正4年 日支交渉(21ヶ条)の攻撃
・琉球・台湾・朝鮮を支那領土と主張
・関東州の稚借地の返還要求
・5・3、5・9、5・30等国恥記念日として鼓吹
・日本の満豪進出反対
・領事裁判権の撤廃
・関税自主権を力説
・内河航行権反対
・鉄道・鉱山・紡績等 日本の事業上による支那の損害
・国貨使用の提唱
排日教材は
・日本民族は生来侵略を好む民族である
・九州の南に面して琉球、台湾及び彭湖列島がある。
数十年前は皆我が国の属地であった。九州の西地方にある朝鮮半島も我が国から奪い去ったものである。

日々の生活面に於いては伝単(ビラ)を撒き、流言と広め、通行、登下校、買物中の日本人に威嚇を加え、脅迫する日本人民留民の生活万端に亘って有形無形の圧迫を加えたのである。※3.(大東亜戦争の道 中村粲著より引用)

以上文献から多くを引用したのは、我々が過去の歴史を学ぶことで現在を直視、判断できるからである。
現在起こっている日露、日韓、日中間の領土問題はすべて「日本固有の領土」※4「合法的な先占」であったり「国際法に違反して強奪された領土」であったり、日本敗戦で主権主張を禁止されている間隙を突いて勝手に自国ラインを敷いて日本領土を奪ったのである。
露国、中国(中華人民共和国)、韓国 三国とも大東亜戦争の戦勝国に非ず。ましてや中国は1949年、韓国は1948年成立国なり。

竹島を李承晩ライン内に収め、漁業権を奪い日本漁船を掌捕、財産権(漁船、船具他)を放棄せしめ、抑留した漁民は2,791人(4,000人以上とする資料もある)にのぼる。
釈放を求める日本に在日朝鮮人の法的地位を抑留漁民を人質に求める。
1946年~1965年の日韓国交正常化までに検挙された半島からの密航者は69,188人(密入国者の一部)で国外退去者は11,423人であった。

隣国の歴史認識はその殆どが歪曲、程造の結果であり我が国が明治維新以降に経験した国際問題は現在我が国が抱える諸問題のプロセスと重なる処、大いにあり、※は参考すべく引用記載したのである。

民主党政権の「平穏かつ安定的な維持・管理をはかるため」は自民党政権時の声明文と一字一句変わらず、日本外交が「事なかれ」「波風たてず」主義の帰結が石原慎太郎都知事の尖閣購入行動で覚醒。戦略のない侭横取りして国有化した結果の想定外は中国の深謀術に填まったのである。辛亥革命以降の日中間の歴史は中華民国から中華人民共和国に体制が変わっても戦前・戦中・戦後と全く切れ目なく営々と引き繋れいるのである。

九月、民主党、自民党とも党首選挙が実施され、民主党は野田総理再選で決まり、内閣改造して第二次野田内閣となろう。
自民党総裁は次期衆院選挙で勝利すれば政権を担う可能性がある故に、選挙権者の選択は極めて重大である。
「毅然たる姿勢で臨む」表現する常套句だけでなく戦略として視え、結果を出して欲しいものです。2011.6.1 第42回 日本の国難!救国内閣だ! で安倍晋三の出番を望んだ。9月26日の総裁選挙では明日に希待が持てる安倍総裁が誕生、次は日本国の再生だ!
その為には先ず国内にて未だ日本を貶める日本人ではない日本人が政、官、教育、メディア界に頑として勢力を維持、国家の混乱を招いている。ここで日本社会は変革が必要である。
国家にとって教育が長期的見地から極めて重要かということ、今回の内容から掴んで頂ければ幸いなり。
2012.9.18の中国、国恥記念日は中国自らが世界に向けて改めて国の恥を披露した日である。

◎この時期に!?中国の招待で日本の各種日中友好団体関係者が訪中した。河野洋平、加藤紘一、野田毅、高村正彦、田中真紀子夫婦であり、この顔ぶれは中国側の「中日友好・・・」という対日工作に填り心を奪われて正しい道を失った媚中派である。
◎2012.10末、韓国と結んだスワップ協定は破棄するは否かで民主党政権の本気度が解かる。
◎北朝鮮金日正が日本人拉致を認めて10年。金正恩体制になって問題解決への前進!?と希待する。しかし、裏で中国がこの問題解決への進展を妨害していると考えるべきである。中国が積極的関与をしていれば既に希望が光となっていただろう。特定失踪者を含めて470人の命救出は国家の優先的使命である。

日本国は今、大きな岐路に立っている!!

※4.「先占」先に占有した国に上地の領有権を認めるもので条件として
1.先占の主体が国家である
2.対象地が無主地である
3.実効的な占有と伴っている
4.国家に領有の意思がある
中国の古文書は日本の「先占」条件に対抗できない。

写真は2012.8.26筆者が被災地岩手県宮古市を通った時に車を止め撮影したものです。
1.海から数百米内に入った所にそびえ立つ防潮堤(高さ8m程)
2.3.防潮堤の内側(海側)
4.防潮堤の外側(山側)