弊社スタッフが交替でお届けする、ときに鋭く世相を斬り、ときに緩やかにあなたを癒す珠玉(?)の時事エッセイ。お仕事中の息抜きなどにお読みいただけたら幸いです。

2012/12/03 第60回  日本人の心と国際政治・外交


日本国が世界の国々と係わり、誇りを持って存続する為には、国家としての次の3つの目的を明瞭にし、国民が共有しなければなりません。

国家の目的其の1:防衛・安全保障において自分の国は自らが守るという自主防衛の理念が不可欠である。

国際政治・外交において他国との関係は常に潜在的喧嘩状態にあることを前提とすべし。国と国の関係はアウトローの世界と同質であり、国際法に則って成立した国際連合、国際司法裁判所は紛争解決可能システムとの認識であるが、すべて強制力なしと認識しなければならない。
我が国のように、国連… 国連… と期待するが、野田総理をはじめ歴代総理の国連での演説を無視する無礼な諸外国代表の欠席を何んと解する?
軽んじられている日本!
国連への供出金米国に次ぐ巨額の日本。すべて敵国条項を外せない日本国の国際政治・外交の非力さ故である。

国家の目的其の2:自国民を豊かにする為に国家がある。

経済成長を実現する為に国内経済の発展をはかり諸外国と国益をかけて対峠しなければならないのです。国家あっての企業であり、企業あっての国家ではない事を、経済界指導者は特に肝に銘じてもらいたい。海外での社債発行は国あって可能となるのである。(米倉経団連会長には中共に進出したグループ企業29社の事しか頭中になく、談話は非道いものだ。)

国家の目的其の3:国民に日本人としての心、精神、Identity、生甲斐を与える為に国家がある。

この3つの目的に対して政治は機能しなくてはならない。

敗戦後の日本人は、米国の日本弱体化政策に填まり、激動する国際政治の渦の中で蹲り、我が身が日本は独立した文明圏を持つ誇るべく特殊な国と捉える事を放棄して来た。
経済成長は不可欠だが一向にそれを求めた結果、GDP世界第二位を達成、長い間維持し、国民は物質的豊かさを、ある程度得たのである。反面喪ったものの重大さに気付く事も少なくなっていないだろうか。
昨今の日本は長期デフレ不況の克服に消極的、否この状態を肯定的と考える無策で無能な日銀、又それをコントロールする頭脳をも政治権力者は持ち合わせていない。故に目的其の2:の国民を豊かにするという責務を政と金融関係者が追及しているとは到底思えない。
経済成長追求中心の国家が国際社会の主要国であるという思いは、今世紀になって多くの国々が政治・経済において力を付けてきた事に、どれ程認識していたかは甚だ疑問とする所である。
思いあがりの何ものでもなかったのではないか!?

日本人の心、精神は優秀な技術を培い、品質の高い商品を創出するという一本道をひた走って来たのである。
そして金持ちになった日本国は、戦略なき儘諸外国に援助を惜しまなかったのである。そして感謝もされたが、感謝しない際たる国が中華人民共和国と小中華大韓民国である。この両国が日本国をどう位置づけ、どう対峠したら国益となるか、深謀遠慮を巡らせる事を常套とする国であるか、歴史が証明する。
国際政治、外交に於いて、日本人が潜在的に持ち続けている日本人の心、DNAは外交力を発揮し勝負するに邪魔な要件である。日本人はこの国際政治、外交史の中では厳しい世界情勢と心の狭間で悩み国の舵取りをして来たのである。
そして、現実にこの世界で国益を勝ち取ることは難しい。常に戦略の重要性を認識、目論見、謀ることを駆使する権謀術数にも長けた中華人民共和国及小中華大韓民国には太刀打ち出来ない。
日本人の心を捨ててこそ国として避けられない大問題に直面する外交・交渉事に適うのである。
日本国は誰と戦い敗れたのか、前月も記述したが何遍でも言うし、・・・考えて欲しい。

日本国弱体化政策のいの一番に協力したのは、朝日新聞、NHKをはじめとする大手メディア達であったのだ!そしてGHQは日本人の心、精神を持った政治指導者、経済人、そして何より大きな影響力を持っていた教育者を大量にその職から追放した事である。
多くの官僚にはその侭職務を継続させ、今の官僚政治の基を作ってしまったし、追放された教育者の後釜に座したのは左翼系教育者であり、長い時をかけ左系教育者が増殖。現代のピラミット型左系教育指導社会を形成し、その影響力は時を経て政、官、財、教育界指導層に及んでいることに我々は覚醒しなければならない。
そして、この出来上がった日本の「ふあっとした民意」はこれらの積層上に存在するのである。

日本政府の尖閣諸島国有化以降、中共本土では官製デモ、暴動、略奪、暴行が各地で起こり、日系企業の被害は100億円を超えるが実害はこれに止まらない。暴動の先頭にて先鋭化させたのは公安関係者という証拠も出ている。(中共の国防費は8兆円(実際はこの倍という、日本は4.7兆円)と発表されるが公安関係費はこれを上回ると謂われている)

その後、日本との各層における接点での嫌がらせ行為は跡を絶たない。中共に駐在する日本人ビジネスマンは「お前は何?人」と聞かれ、日本人と応えられず「韓国人」と応え難を逃れる様は、悲しき憂うべき国難である。その上尖閣諸島の我が国の接続水域・領海に中共の各種公船が自国領海と主張連日侵入、日本の海上保安庁巡視船と対峠している。両国共後方に艦船が護衛しているという緊張状態が続いている。
「領土問題は日中間に存在しない」という日本側に主張の領海域に中共の公船が意図的に侵入することは国際法上侵略行為に当たるという。国連の安全保障理事会に提訴できる。しかし常任理事国は戦勝国顔した無機能、無力振りで効果はない。
では日本国はどう対応すれば良いのか。
「尖閣諸島領土問題では中共と話し合いを絶対にしないこと」
慎重姿勢は正しい選択で、この日本人の冷静であることに外国メディアは驚異として観ています、この問題の本質を諸外国は少しずつ理解しはじめているので更に主張し続けることである。
領土問題は存在しない。そして中共の恫喝行為に動じる事なく、領海死守行動を継続することである。為に海上保安庁・海上自衛隊が動き易き法整備及物量(人、物、金)を増やすことである。最近海上保安庁職員募集に集まった若人は例年の2.6倍であった。因みに中共東海保安官応募はゼロだったそうだ。
尖閣諸島を守らねばという若い人が沢山居ることに誇りを感じる。と共に日本は地政学的に世界で一番危うい所にあるという認識を持たねばなりません。
明治維新の日本を取り巻く諸外国のスタンスは今の危機に匹敵する大事であつたのである。歴史の検証を怠ること勿れ!
当時の国際政治環境に酷似しているのである。

尖閣問題発生後、諸島周辺での中共公船への対応のため政府危機管理センターに設置していた官邸対策室は、11月23日中共の海洋監視船4隻が接続水域を出て以降、周辺で航行が確認されないため情報連絡室に格下げした。
この民主党政権の危機感のなさは何処から来る?!(11月27日 中共公船の活動再開する)

2012年の日本を取り巻く国々は激動期と取敢え、結果は日本の国際政治・外交に大きな影響を与えると記述してきた。ロシア大統領選挙、米国大統領選挙、中華人民共和国政治指導者の交代、そして大韓民国大統領選挙である。
しかし、その日本が最も激動する事になってしまった。
民主党野田政権は衆議院を解散12月4日公示16日選挙と東京都知事選と同時に実施される。
それにしても十幾つもの政党が乱立する状況は異常である。敗戦後の日本人の心、精神、
Identity、生甲斐はすべて個人の問題として何事に於いても勝手気儘な自己主張から始まり収拾つかず国家のIdentityの背骨が育たなかったからである。
大いに希待したいと念じ続けて来た“暴走老人”集団が坂本龍馬擬いの“維新八策”を掲げる支離滅裂現代版“笛吹き男”と「小異を捨て大国につく」と申して合併する態をどう理解したら良いのだろうか?!
経済低迷、政治混迷、外交敗北と国家衰退、滅亡への危機的状況のなか、この衆議院選挙は、日本再建に大きく希待する切っ掛けとなる分岐点である。
我々一人ひとりは結果に責任を負わねばなりません。
日本人の覚悟が試されるのである。
(中西輝政 京都大学名誉教授の講演「次世代に伝える日本人の心」一部参考にしました。

ここに執行草舟氏の「根源へ」の“老いについて”より一部掲上す。

現代社会では若くありたいという気持ちばかりが強く、老いや死は意識されていません。若くありたいというのは、若者コンプレックスです。これはいちばん格好悪い老醜をさらす生き方です。人間にとって必要なのは、死を見つめることによって自分の生き方を決め、そして自らの最期に向かってひたすら突進することです。そうすれば老いれば老いるほど賢くなり、人間として成熟していく。そのような生き方を私は「老いの美学」と名付けています。
老いの美学があると老人中心の社会ができる。社会は老人中心のほうが安定します。そして歴史的にも「良い社会」なのです。
若者が中心になるのは、軽薄な時代か、そうでなければ動乱の時代です。例えば歴史的価値としての明治維新は実に魅力がありますが、当時を生きていた庶民にとってはとんでもない時代です。実際には維新のような若者中心社会というのは何をして良いかわかなない「秩序の破壊」を意味しているのです。今の眼で他人事として科学的に見るから明治維新はすばらしいのです。しかし実際に明治維新を生きた人々は誰もいいとは思っていないはずです。もちろん志士達の情熱はすばらしく、私も大好きですが時代として見た場合、それはいい社会ではありません。老いの美学が退けられ、若者が中心になっている社会は不幸な社会です。ただいまの老人は駄目です。戦後老いの美学が消滅した為ほとんどが老醜
をさらしています。かつての老人たちは本当に立派な人間が多かった。だから老人中心の社会だったのです。
もともと「老」とは秀れた者という意味があるのです。