弊社スタッフが交替でお届けする、ときに鋭く世相を斬り、ときに緩やかにあなたを癒す珠玉(?)の時事エッセイ。お仕事中の息抜きなどにお読みいただけたら幸いです。

2014/01/06 第73回  日本の危機突破内閣!再生(2)


2014年1月1日
謹んで新しい年をお祝い申し上げます。
弊社は長期にわたる複合的不況の中、多くの皆々様に支えられ、社長の若返りをはかり新体制で3回目の新年を迎えました。
本年もご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

2013年1月には、日本に影響を与える4カ国の指導者の交代に少なからず希待を込め、注視する国として冒頭に記したのである。
そして1ヵ年が過ぎたこの時に、その希待は儚い念願であった事を惟いしるのである。
日本政府安倍政権の採った4カ国との外交スタンスの考え方に間違いはなかった。
日本人なら2013年に対ロシア、米国、中共、韓国と何が起き安倍首相がどう対処して来たか理解、認識できると考える。その背景に在るものは、日本人としての理念、宰相としての責任感である。そして現在、日本国は危機の中で、次世代に向けて自主、自存国家たり得るのか?!という屹立国家への正念場にあることを自覚せねばならないのである。
それでも対4カ国の行動原理を考える時に不可欠なものは、国の成り立ちの変遷を識っていなければなりません。国の歴史は民族の歴史即ち人が為した時空の結果の連続であるという点も思考枠に納まっていることが大切です。
民族間において物の考え方は基本的に異なります。その上、政治の仕組、経済力、軍事力、人口等々、すべての諸項は交渉事に影響を与えます。そこで日本の国益を守り、日本人としての矜恃を守り通すことの難しさを私達は認識し、国のリーダーに全幅の信を措かねばならないこと、こヽここに至りて想うものである。

然るに、2013年の国内を見返えせば、大多数の政治家の度量、視野の狭さは野党は論外だが与党の多くの国会議員にもいたではないか。この人達は誰が支持したのですか。
そうです宗教、労組、共産主義、利権組織の強制力と戦後平和ボケした社会を浮遊して生きてきた、ふわっとした多くのB層日本人である。

そして更に悪い事は、日本国つまり日本人を貶しめる日本人がマスメディア、教育界を通して影響力を行使してきた事にある。
国が何を為すのにも必ず反対勢力は幅を効かす社会であり、決められず、先送りは外国から蔑視まれ先達人の名誉を穢し続けて反省もしない人達である。

安倍晋三第一次内閣で為した教育基本法改正、国民投票法制定そして防衛庁の省への昇格は日本の容を変える第一歩であったのであるが、1年で降りた背景には、難病と闘っていた身体的理由よりも、安倍晋三という宰相の出現は自益にならないというマスメディアをはじめマスメディアを介した文化人、自称知識人たちの狡骨な共同作業だったのである。
しかし、降ろしはしたが後に続いた自民党の麻生、福田、民主党の鳩山、菅、野田各政権は時計の針を逆に回し、日本を壊してしまったのである。従って安倍晋三の再登場は必然なのである。
敗戦後の長い時代を如何!新しい理念で再構築して行ったら良いのかを、誰に託したら良いのかを新しい年を迎え自問自答するものである。

2014年は、日本のメディアで最も影響力のある新聞、テレビ局を注視しなくてはならない。
朝日新聞、毎日新聞、東京新聞(中日新聞)、そして沖縄地方紙、NHK、テレビ朝日、TBSテレビの左系メディアである。このなかでNHKは3代続いて民間出身の会長就任となったが、これまで取り巻きが左巻きで、公共放送として確立出来なかった。しかし、経営委員に新しい顔ぶれが加わり、改革の途につくと希待するものである。(左派はこの人事にも文句をつけるのである)
NHK建屋内に中共の国営放送中央テレビ日本局が間借りしている事は日本の重要な情報が筒抜けになる途である。従って、特定秘密保護法案に反対キャンペーンを何気なく仕込んだのである。視聴料を強制的に徴収する怪しからん自称・公共放送である。保守政治への賛同より反対論者を表に出し、片寄った歴史観を流布する自称公共放送である。

朝日新聞は左巻きメディアの横綱であり、毎日、東京その他は朝日新聞の影で声を増幅させる役目にしか過ぎず、淘汰されても不思議でもない存在だ。存続できているのは敗戦後の体制のお陰である、敗戦利得者でもありその事実すら分かっていない。付ける薬もない。

1939年1月、華中における日本の国策新聞「大陸新報」は陸軍、海軍、外務省三省と輿亜院の後援で設立、本社を上海市においた。この「大陸新報」には朝日新聞から相当の人員が転じ、委託されて経営したのではなく、朝日が新聞経営に協力したのである。
そして、ご承知のように当時の大新聞のほとんどは戦意昴場記事を軍部に協力して掲載したのである。当時、軍には各メディア記者、写真家が大勢軍と共に移動し、従軍記者・・・の冠がついたのである。(慰安婦だけには従軍はつかなかった)
この環境(システム)が何を生んだのか解るであろう。
今「国民の知る権利」を声高に叫ぶ、マスメディアの実体は過去の言動から形を変えても脱却していないのである。
朝日新聞記者は何を為して来たのか。
尾崎秀實  1928年上海特派員として赴任。
そこでアメリカ人ジャーナリスト※1アグネス・スメドレー(身分偽装したカバー工作員)は、尾崎をソ連のスパイゾルゲと結びつける。
尾崎は近衛文磨(首相)の私的なサークル昭和研究会(左翼の溜り場)に参画し、ブレーンとなる。そして多くの重要な秘密情報をゾルゲに流していた。日・中ソ間の戦略情報をソ連有利に運ぶ大役を担い日本軍の北進派を南進に目を向ける様画策し、ソ連を窮地から救ったのである。(ソ連では英雄扱いである)何故、近衛文磨・篤磨親子の傍に左翼共産主義者が集っていたのかは歴史の事実に迫る課題である。
尾崎秀實はゾルゲと共に逮捕されスパイ防止法で裁かれ刑死した最初で最後の人物である。

戦前のスパイ防止法、治安維持法を悪魔に与えた悪法の如く言う現在の前述のメディア達が、戦後それらに変わる法整備に大反対の合唱をし、法なき故にサリン事件を起こしたオウム真理教の解体もできず、日本はスパイ天国と揶揄され、北朝鮮の日本人拉致事件にも、無策無手で今日を迎えているのである。
菅直人元首相は拉致被害者との懇談の際、救出の時、自衛隊の出動が不可欠だが、法整備されていないので、対応に今後務めると公言した。
首相の周辺で、菅に「今後どう進めたら良いでしょう!」と尋ねた。菅首相は「俺が本気でそんなことを言う訳ないだろう!」これが日本の宰相の人格であった。改めて、国賊そのものである。

以下、新聞記者(ジャーナリスト)で日本国・日本人を貶しめた人物を一部挙げる。

朝日新聞の記者には尾崎秀實をはじめ戦後、中国共産党の言いなりに「中国の旅」紀行文を出版した本多勝一をはじめ、韓国の挺身協(親北左派団体)幹部(後に詐欺罪で告訴される)の娘と結婚した植村某記者は捏造した慰安婦問題に火を点け今日の日・韓、日・中間に抜けない棘にしてしまった。
そして、それが何故か日・米間に影を落とすのである。
日本を自縛させる近隣諸国条項の種を撒いたのも朝日新聞である。
「安倍の葬式はうちで出す」「安倍叩きはうちの社是」と言ったのは論説主幹・主筆の若宮啓文であり、保守政治を左翼の眼で弾劾し続け、日本を貶めた。退職後は日本では朝日新聞の看板背負えず反日国家韓国の東西大学硯座教授で懲りずに反日活動をしているようだ。

毎日新聞1937年は(昭和12年)南京攻略戦時に「二人の少尉が敵兵を百人斬る競争」という記事を戦意昴場のため連載の形で創作掲載した。
      向井敏明、野田毅少尉はその記事だけを根拠に故郷で収監され中国(中華民国のこと)へ送還され、1947.12.17死刑を宣告され翌1948.1.28上官と共に南京の雨花台で刑死。野田少尉の日記には「百人斬りも南京大虐殺事件なるものは絶対にありません」冤罪です。そして獄中における、その心境を少し長いが一部を引用する。

たとい私は死刑を執行されてもかまいません。
微々たる野田毅の生命一個位、日本にとっては問題ではありません。
然し問題が一つ残ります。
日本国民が胸中に怨みを残すことです。それは断じていけません。
私の死を以って今後中日間の怨みや讐や仇を絶対に止めて頂きたいのです。
東洋の隣国が互いに血を以って血を洗ふが様な馬鹿げたことのいけないことは常識を以っても解ります。

中国人も人間であり東洋人です。
我々日本人が至誠を以ってするなら中国人とも解らない筈はありません。至誠神に通ずると申します。
同じ東洋人たる日本人の血の叫びは必ず通じます。

西郷さんは「敬天愛人」と申しました。
何卒、中国を愛して頂きます。
愛と至誠に国境はありません。
中国(中華民国)より死刑を宣告された私自身が身を捨てて中日提携の楔となり東洋平和の人柱となり、何等中国に対して恨みを抱かないと云う大愛の心境に到達したことを以って日本国民を之を諒とせられ私の死を意義あらしめる様にして頂きたいのです。
(1.28)南京戦犯所の皆様、日本の皆様さようなら
雨花台に散るとも、天を怨まず人を怨まず日本の再建を祈ります。
万才、万才、万才。

当該記事を書いた東京日日新聞(現、毎日新聞)浅海一男記者は事実を証言せず沈黙した。写真部員が捏造と証言するも組織(毎日新聞)は「記事は適切に取材し、かつ正確に記録した」と開き直り、他方で毎日新聞出版「昭和史全記録」では「事実無根だった」と記述する。矛盾は見解の相違と逃げるばかり。そして浅海一男記者は遺族が名誉回復の裁判を起こすが(弁護士稲田朋美 行革担当相)名誉回復叶わず、謝罪すらせず、嘘がバレそうになると家族ごと中国※2LT貿易廖承志の手引きで家族ごと北京に逃げた。
毎日新聞には、この浅海一男あり後輩にあの日航問題を歪曲して小説にした山崎豊子、そして外務省女性事務官を籠絡、渡した金はタクシー代500円、沖縄密約問題で秘密文書を入手し社会党議員にして政局にした西山太吉記者も浅海一男記者の後輩である。
そして山崎豊子は「運命の人」でノンフィクション風にして記者を擁護した。

この一連の記者の言動が社会を意の侭に動かし、国を誤った方向へ導く力を有していた事を十分認識しなければならない。
特定秘密保護法(対象に国会議員を加えるべきである)、国家安全保障会議設置は詰める部分もあるが、基本理念として対になる重要な法案である。
この法案成立に大反対したマスメディア、そしてメディアを介して互いに利用し合った文化人達よ!!
「国民の知る権利」「報道の自由」「取材の自由」を否定するものではないが大声で叫ぶだけで影響力を行使する立場の者に、人として、日本人として最低備っていなければならぬ要素、条件は何であるか!?を熟慮して、自らが貶しめて来た国家を正道に戻す行動を興さねば多くの国民はあなた方から離叛するであろう。
2014年はマスメディアと共にそれに便乗する文化人、学者、知識人の信が問われる年でありたい。
日本の再生は先ず、こヽから始まる。

※1 アグネス・スメドレーは延安(中国共産党)の工作員といわれ(延安はコミンテルンと
継っていた)日米開戦前に大陸における日本兵の残虐行為を捏造話として米国内で講演し続け(米国を中国支援へと傾けさせた)出鱈目な「歴史的事実」としてアメリカ人に刷り込んだ日本にとっては極めて憎い人物である。
ルーズベルト政権内及びアメリカ人ジャーナリスト、宣教師にソ連・中共工作員は多数存在していたのである。
毛沢東と中国共産党を美化したプロバカンダ本「中国の赤い星」で世界に多大な影響を与えたエドガー・スノーも上海に入っていたのである。上海は世界各国謀報員の巣窟であった。
※2LT貿易:1962年11月中国の廖承志と日本の高碕達之助との間で結ばれた日中総合貿易(準政府間的民間協定)でLTは両者の頭文字からとったものである。この繋は謀報活動を内包した貿易を通して情報漏洩が何のチェックもなく殆んど日本→中国の流れで行われていたといわれる。

注:文中の中国表示は1949年10月1日中華人民共和国成立を境に、成立前は中華民国を指す。

付録南米でブラジルだけが何故ポルトガル語が公用語なのか?
1492年コロンブスがスペイン政府のお墨付きで大西洋を西へ西へと航行し未知の大陸へぶつかり、大事件を起こす。その後、当時の覇権国家スペインとポルトガルとの間でトンデシリヤス条約を結ぶ。東回りのポルトガルと西回りのスペインとによる両国の地球分割である。
1492年ローマ教皇アレクサンデル6世大勅書が文書として残っている。
「境界画定」シベリアと日本列島とオーストラリアは分断され南アメリカの北西部が切り取られる。ここがブラジルである。
ポルトガルはブラジルが所領になることは条約が定まるまで考えていなかったが後から気が付いて侵略、植民地化した。
故にブラジルの公用語はポルトガル語になったのである。



(西尾幹二論文 ヨーロッパ500年朔及史より)