弊社スタッフが交替でお届けする、ときに鋭く世相を斬り、ときに緩やかにあなたを癒す珠玉(?)の時事エッセイ。お仕事中の息抜きなどにお読みいただけたら幸いです。

2014/02/03 第74回  日本を危機に!恥を晒す元首相の東京都知事選挙


2014年2月9日、東京都知事選挙が行われる。
猪瀬前知事の“金”の問題での辞任に至る迄のマスメディア、都議会のバッシングは異常とさえ感ずる激しいものだった。(現代版魔女狩りか)
その後任、出直し選挙に出馬した顔触れを視て憤懣やるかたない気持ちが失望に、そして喪失感に変っていくのは一体何故だろう?

小泉純一郎元首相が「原発即時ゼロ」というSingle issueの「One-phrase」的発言手法によって、細川護熙元首相を擔でいるからである。
二人の元首相が国の為に何を為して来たのかを省みて、今更、精神を既に鈍化させた老人ゾンビが国家を壊す所業に出て来たのだ。
当月はこの二人の元首相を狙上に進めることにする。
前提として、
先ず、今、我々日本人は世界を鳥瞰して、“これからの日本をどういう国にして、その中でどう生存して行きたいのか”を一人ひとりが改めて思考する良き機会を得たと思う。
又、世界から視れば、日本のように豊かな生活を享受したいなら、より良い製品・サービスを求めたいなら・・・経済成長しかない事を事実として認識しなくてはなりません。!


小泉純一郎が総理大臣に就任できた背景には古い体質の政党政治が行き詰まった情勢下起きた、謂ばハプニングであったのだ。
政を司る最高責任者として、自らの勝手な思い込みで事を運び責任をとらず、それが日本崩壊、喪失感増大の因を増殖させ、崖淵まで引きずり込んだ無責任な人物である。
この人物に多くの国会議員が何故恐れたのか、郵政民営化というSingle issueで竹中平蔵と共に進めた異常な動きは何だったのか?
アメリカの国益のイラク戦争に盲目的追従で多くの自衛隊員を危険にさらす無手で派遣、この二大政策で日本の国益は達成されたのでしょうか?
本人小泉純一郎をはじめ、その後の政に関与した政、官、戝、そしてB層国民を創造したマスメディアに小泉政権を検証し、総括し、生きた教材にして来なかった責任は大きい。

1980年代に入ると米国は日本の経済力をソ連の軍事力よりも深刻な脅威とみなすという愚かで間違った認識の下、日本の弱体化戦略を策定するようになった。
過去には包括通商法、プラザ合意、日米構造会議、そして年次改革要望書(要望と聞こえは良いが実体は命令、指示の類である)等々。
CSIS(戦略国際問題研究所)は日本に施す外科手術をして構造改革のシナリオを作った政府系シンクタンクである。
郵政民営化は正に小泉政権に突きつけられた課題で、反対派は自民党員と雖も切り落てる強権を発動、更に輿論を創造する事をマスメディアと共謀して図り、国民を誘導したのである。
ハーメルンの笛吹き男と比喩する最適任者である。
事実を隠し、米国益の実現と日本を毀損させ、米国側の功労者は大きな報酬を得たのである。(アメポチと揶揄された)
田中角栄元首相は米国益を毀損した者として謀略に嵌められ罪人にされたのである。
結果は既に知る所なり。分割した郵政の一部は赤字化し、更に日本の保険業界はカタカナ企業が益を享受する態となったのである。
小泉純一郎が胡散臭いイメージを抱かせるのは、1959年から四半世紀にわたって行われた悲惨な北朝鮮帰国事業に父純也(国会議員)が深く関わった事を知ってからである。

北朝鮮訪問し、拉致被害者5人を帰国させた見返りは、大量の援助物質と資金を送ったり、朝鮮銀行に多額な公的資金を投入したり(後で破滅)、国益を毀損させたのである。(数兆円といわれる)核開発の資金源だったのでは?!
この人物が可愛い息子に選挙区を継がせたのも、老人となった宮澤喜一、中曽根康弘元首相を国政から追放したのも、自我自欲の為に「国民から与えられた責務を、特権」と考える変人だったからである。
この変人が蘇ったゾンビの如く「原発即時ゼロ」をOne-phraseで唱える。そして熊本藩の殿様の流れくむ細川の殿を担いだ事が、原発問題を論ずるよりも、先行して論議すべき重い問題である。
今回、息子小泉進次郎衆議院議員は「舛添要一候補者を応援する大義なし」「父純一郎が細川氏支援を理解する」とコメントした。彼は一時の韓流スター並みの人気を得ているが、父純一郎元首相を父親としてのみ位置づけ、父と同じ「One-phrase」的発言が目立ち、父親の跡継ぎ面目躍如である。
彼は年次改革要望者を作成し日本に改革として迫った米国のシンクタンクに留学経験があり、父純一郎と同じ貉ではないかと疑いたくなる。
河野一郎をして河野洋平(反面教師)ありであるが、河野洋平をして河野太郎ありと同じ類型であろう。

次に知事選挙出馬、支援に当っての主なコメントを揚げてみる。
小泉「今回の選挙は原発ゼロでも日本は発展できるというグループと原発なくして日本の発展できないグループの争いだ」
「『原発ゼロ』に反対するのは自民党だけ(?)首相が決めたら反対できない。かじを切ってほしい」
細川「原発政策は国の存亡にかかわる」
「ドイツは原発ゼロにして自然再生エネルギーで電力を維持する」と事実誤認も甚だしい。


この二人の元首相は「原発即時ゼロ」派である。であるなら将来の日本の発展プログラムを策定し、対者を論破しなければなりません。それが「トイレのないマンション」と比喩する低俗な言い様である。これが又、B層になり切っている国民に享けるのである。
問題である!

「原発ゼロ」に反対する者は抵抗勢力と断じ、郵政対立を煽った郵政民営化の手法を彷彿させる。
原発が立地しているわけでもない東京の知事選で「脱原発」を最大の争点に位置づけている。
「都知事には原発政策を左右する権限がある」と有権者に誤解や幻想を与えかねない。
立地県の知事のように再稼働の判断を直接的に関与する機会がないのが実情である。

柏崎原発再稼働申請における泉田裕彦新潟県知事の態度は傲岸無礼なものであり正しい事を発言している様で理念、哲学の欠片すらない。震災瓦礫処理にどこ迄協力したのですか?

原発一色の選挙となり、都政本来の争点をぼかす結果となれば二重の意味で問題である。
東京五輪、少子高齢化、介護施設不足問題、直下型地震への対応、木造住宅密集地域の解消等々、日本の首都行政として多くの課題が存在する事を失念する2人の元首相。

「原発政策が国の存亡にかかわる」と考えるなら、国政に復帰して仲間を募り自らの主張を論理的に説明、実現に取り組むのが筋で今回もSingle issue、One-phraseで愚民化を更に煽る事は決して許されない。表現、譬えが極めて低俗で恰も、TVバラエティー番組の如くであり、断腸の思いである。
引き際を誤った2人の元首相に将来の日本を委ねてはならない!
小泉劇場を再現してはならない!
覚醒せよ日本人!

ここに多くの国民に認識され易い「原発問題」の考え方の一つを紹介する。
賢人の警鐘 丹羽宇一郎 日経ビジネス2014.1.13号より

東日本大震災・原発事故で苦労する方々や、原発を抱える地域の方々の安全・安心を考えれば、できることなら原発をなくすべきだと思う。
しかし「国は生きている」「原発即時停止」ではなく、たとえば時を区切って20年後に「ゼロ」を目指すとか。
日本がリーダーとなって、欧米、中国、アジア、中近東を巻き込み、全世界で原発廃止を呼びかけるべきである。
世界で稼働する原発は400基余り、建築中、計画されているのまで含めると600基に達します。このうち50基あまりの日本が単独で廃止しても意味がありません。
ドイツは2022年に全面停止で、現在は稼働中、停止されても電力の75%を原子力で発電するフランスから購入するので稼働と同じことである。
日本の場合、他国から購入することは出来ません。原子力から石油、LNGに切り替え、他国より高い価格で購入し、高い電力料金を払う事が永遠に続きます。いくら円高がすすみ、法人税の実効税率が下がったところで、日本のコスト競争力で他国に負けてしまう。
製造業だけでなく、素材や小売りなどあらゆる分野で海外に拠点を移す動きは加速、国内産業の空洞化に一段と拍車がかかる。
2012年度の貿易収支の赤字幅は8兆円1,762億円で、その後毎月▲が続き国益が毀損していっています。いくら経済成長策を講じても回復しないでしょう。(原発停止による石化燃料輸入による出超3兆6,000億円、消費税1%あげると2兆7,000億円税収増を上回る海外流出)
原発の存亡を決する化学的根拠を示さないから、感情論が先行する。
成熟した国家に相応しくない状況が今である。
                以上
(1月27日発表の2013年(歴年)貿易収支は▲11兆4,745億円となり輸入総額の26.2%は原油、LNGで占める。)

丹羽宇一郎は前駐中国大使であり、大使時代の功罪は識るべしだが、この論は簡潔で正しい。
・前原子力安全委員の班目春樹東大名誉教授は政府に適切な助言が出来なかったと非難された人物だが、
「設計時の想定を超える状態で安全機器が働くかを確認改善していれば事故は防げた」
「チェーン・オブ・コマンド(指揮命令系統)が機能していなかったのが最も深刻な課題」
原子力事故調査委員会は3つあって、各々報告書を作成して政府に提出したが、その後何かが変ったでしょうか?
原発事故後、民主党政権は自然再生エネルギーの太陽光発電の推進を促す為に発電業者登録制度と固定価格買取り制度を決めた。
(この制度を強力に推したのはソフトバンク株式会社、孫正義である)

◎申請期限までに申請した事業者には認定時の固定価格(kw当り)での買い取りを保証する。従って2013.10迄に認定された業者には43円/kwで、13年度は38円/kwに下がった。この間の家庭用電気料金は22円/kwで差額は税金補填となる。
登録業者は設備投資のパネル価格の下落を見込み、投資を控えたり、権利を売却したりして利益を確保している。
認可総発電量2,249万kwのうち実際に稼働する設備の発電量は383万kwの17%にしかすぎない。
安倍政権は運転開始していない4,700件に対して諸義務を課し、最悪業者の登録を取り消す方針を打ち出した。
この状況を生む政策しか打ち出せなかった民主党が細川護熙を支援する為体振り、国を想う信念何処にある!全く無し!
日本人よ覚醒せよ!

付録

2014年新春お年玉記事!
東京都知事選挙候補者すべてを語ることは出来ないが、当月では極めて重大なる日本の岐路に立つと位置づける2月9日投票の選挙で、どうしても当選させてはならない人物を前述した。
細川護熙は自らの意思と気概を以って立候補した訳ではなく小泉純一郎の操り人形であり、他力本願である。立候補に対しては国民が期待を心から寄せているとは考えられないし、又、そんな声は「原発ゼロ」を叫ぶだけの片寄った国民にしか届かない。
車上での街頭演説でメモを見ながらの立候補者は細川護熙以外見た事はない。

この付録では、国民の率直な声を取り挙げ、細川護熙の租に関わるストーリーを掲げ、彼の人となりを想像してみることにする。
先ず、国民の声を拾ってみた。
「首相辞任に至った東京佐川急便からの1億円の借金問題をただすべきだ」
「5,000万円もらって辞任した前知事の後任選挙に1億円受け取った人物とは」
「まずは1億円の件をしっかり釈明してからだ」
「また細川氏の“病気”が始まったか。熊本県知事時代は変った建物ばかり造り、首相になったら1億円の釈明もせず途中で辞めた。実にいいかげん。都政を道楽と思っているのでは」
「都政を陶芸のような“殿様の道楽”にされたらたまらない」
等々、賛辞の声は殆んどない。
小生は嘗つて、日本橋三越で細川護熙作陶展を観たことがあるが、付け値の高い事に驚き、更に赤丸(売却済)が付いている作品が多かった事に更に驚きは倍加した。陶芸を志ざす若者は跡を絶たない。
しかし展覧会を開き、値がつき、売れ、作陶活動に余裕を持てる迄になる者は稀である。応々にして人脈の広い人程作陶環境が良くなるのである。細川護熙先生?は殿様の道楽の域で止めておくべきであり、作品の価値よりも義理買いで成りたつ展示会などすべきではないのである。

細川護熙は細川家17代当主の護貞氏の長男だが、道楽者、そして金銭感覚に目敏く細川家の財産管理継承では任せられないと17代は語っていた記憶がある。
細川家は戦国時代(安土桃山時代も含め)から現代まで存続する数少ない名家である。その歴史は常に時の権力に擦り寄り生き抜いて来た強かな家系である。こヽでは教科書的でない部分を掲げる。

1582年6月2日は歴史上のひとつの出来事として定着している。
“本能寺の変”で織田信長が明智光秀に討たれたと伝承されている。
新年1月2日にTV放映された時代劇“影武者 徳川家康”(原作隆慶一郎1989年刊行)は従来の日本史の記述を覆すだけのリアルな内容であった。この小説は仮説だが強ち間違いでもない。
それは日本の歴史書の類においては時の権力者によって総んど、書き換えられているからである。
「天正記」は信長の次の国家主権者秀吉政権の御用作家の手による。
「当代記」は筆者が松平忠明などといわれるが、徳川政権の資料である。
「信長公記」「太閣記」などは、今日過大評価されているが、リライトされ焼直しされ、真実の如く扱われている。
ただ一点「本能寺における信長の最後」はみな筆を揃えたように同一、故に「本当らしい」と今に至っているが同時に書かれたものでなく、あの中の一冊が種本であり、あとはみなそれを下敷にして作成されたものである。
前に戻るが、“影武者”・世良田二郎三郎元信は関ヶ原の戦いで家康が討たれ、周りの意思によって家康の身代わりになって、徳川政権の租になったという。
しかし、二郎三郎は山の民のひとつの集団の頭で、栃木県日光近くの世良田村出身の者にて(日光東照宮は世良田二郎三郎元信=徳川家康を祭ったのだ)織田信長が桶狭間で今川義元を討ったとされる歴史は誤りで、二郎三郎一党が功労者であった。
徳川家康が松平広忠(今川方)の子松平元康なら、伝統ある松平姓を何故徳川姓にしたのか、正統性は全くない。
今川を討った者より、情報をもたらした者を報償し、以降、信長は勢力を拡大して行った。反面二郎三郎とその一党は、主君を失った松平家に入り込み、元康の後釜に据ったのである。元康室築山御前、長男信康は消されるのである。以降松平家は消滅し徳川家が芽を出したのである。(戦国の世の習いである)
作家隆慶一郎はある程度事実を掴んでいて時代小説という場を借りメッセージを仮説として遺したのであろう。
それ以降歴史を覆す学説や作品が続出するが、一担定着させた歴史は微動だにしない。日本の自虐史観、中、朝の歪曲、捏造史観も又正道に戻すのは極めて苦しい道程なのである。

細川家の問題に戻す。
1582年6月2日午前4時~午前8時の間に織田信長は死んだ。しかも我々が識っている同一型の死に方ではなかったのである。
「明智光秀を信長殺しに仕立てあげているが、信長が“死”という状態に追い込まれた同日の午前7時半までは、光秀は本能寺に近寄ってはいない。初めて光秀が京都に姿を見せたのは、二条城の織田信忠も焼死した午前9時すぎである。
つまり明智光秀には「アリバイが成立している」という事実がある。
「光秀を信長殺しと決めこんだのは当時の権力者には都合が良かったからである。
何故事実が解明されなかったのか?
日本国内の資料では、とてもその参考になるものがなかったからである。
天正12年、日本に伝わった鉄砲は、マカオから季節風を利用した「死の商人」からもたらされた。しかし弾薬の焔硝(黒色火薬)は日本で生産されず、マカオから夥しい硝石が彼等の手によって持ち込まれ、日本の戦国時代は演出されたのである。
日本の歴史では鉄砲伝来は教えるが、又歴史家は「信長は鉄砲を利用する新戦術と編み出した」と教えるが、弾を飛ばす為の仕掛け、必需品は何なのか、そこ迄研究して歴史を語る者は殆んどいない。
又、信長が本能寺に入って、6月1日に宮廷における関白以下前職も含め一人残らず信長詞賀の為集った(茶会が催されたとか)との通説である。藤原内基関白・左大臣、近衛前久太政大臣、近衛行基右大臣・内大臣、九条兼高前関白、二条昭実他5摂家を筆頭に堂上公卿のオールメンバーである。
信長は「何かを?一左右する為に」(一左右=一掃である)本能寺に宿泊したのである。“オールメンバー”は青い顔をして本能寺へ集ったが信長にぞんざいに扱われ、帰ったのである。6月1日と2日の関係を何故か信長が死んだ為に一切を語り継がなかった。
5摂家の近衛家は今回都知事選挙立候補者細川護熙の祖母方の血筋である。
近衛公磨は前回少し触れたので省く。
何故、細川護熙を語るに前段があるのか?
我々多くの国民には数百年にわたる家系の歴史など分からない。
反面、脈々と続く家系にはその歴史の渦中で人間が形成される部分も大きく、彼の人となりが細川家の歴史の中から育まれたと考えるからである。

細川家の租(戦国時代)細川藤孝(幽斎)に繋がる家系である。
足利義昭に属して越前に流寓していたが、光秀を通して信長に依頼し、義昭を上洛させ将軍職につかせたが、後に義昭の下を離れ信長に属し、丹後を与えられる。
本能寺の変の時剃髪して家督を子忠興に譲った。
山崎の戦いの後、秀吉に近侍。関ヶ原の戦いでは東軍に応じ(舞鶴)地で戦うが敗れ、高野山へ。後下山して遊泳名人と言われた。
子忠興は藤孝と共に信長に属し、本能寺の変後、岳父明智光秀から京都治安に与力して欲しいという要請を蹴って秀吉に属し(山崎の戦には参戦せず)関ヶ原の戦いで家康に属し豊前国を与えられ、以降細川家は脈々と受け継がれて来たのである。
忠興室は光秀次女玉である。キリスト教受洗名ガラシャである。石田三成の人質出頭令に服さず自害したと女性の鑑のように後世扱われるが、義父細川藤孝、夫忠興の実父明智光秀を裏切った事実に許せなかった故の結末であったのだ。
即ち、“信長殺しは光秀ではない”は事実であり、深く関わった細川家は時の権力者に擦り寄り家筋を堅守し続けたのである。
忠興は幽斎に似て遊泳の名手、利休高弟7人のうち1人。
細川護熙はこんな家筋の昭和人である。
政治を殿様の遊泳の一つに加えてももらいたくない!
細川護熙に我を覆せ自己の思いを実現しようとする小泉純一郎は(通名であり本名は鄭(チュン)恂一郎、父、恂也(純也)というサイトあり!!
事実か?!

日本の近現代史すら事実として検証できない歴史学者が主流の今は、中共、韓国から捏造、歪曲された歴史認識で攻めたてられても反論できない。
教科書すら真面に記述できないでいる。
なら時代を溯って定着している歴史記述は正しいのか。

疑問さえ抱かぬとは、何とも言い様のない状態である。
通説も含めて、そんな疑問に少しでも応えてくれる書が小生の手元にある。
※貴重だと思うもの

明智光秀関係(本能寺の変含)