弊社スタッフが交替でお届けする、ときに鋭く世相を斬り、ときに緩やかにあなたを癒す珠玉(?)の時事エッセイ。お仕事中の息抜きなどにお読みいただけたら幸いです。

2017/09/01  第117回  これでよいのか?日本の八月!


八月朔日、(八月一日)
徳川家康は1590年(天正18年8月)伊豆、相模、武蔵、上野、上総、下総242万石を与えられ武蔵江戸に国替えされた。江戸に幕府を開いた後、正月朔日(元旦)に苦境の時代に食した兎の羹を代々諸大名に振る舞ったという。
暑いその日、八月朔日も行事としてあったという。
(この行事だけでも家康の出自を推することができる)


八月、この日本、毎年恒例の如く、終戦・・・何年、原爆の日、戦没者追悼式、靖国参拝等々、メディアが掲げる話題に事欠かない。そして、例年の如く、何も変り映えせず、行事は淡々と挙行され、翌日には俎上に載せることは殆んどない。

この様な時空の遣り過し方で良いのだろうか?


今、世界は大混乱、混迷の度を深めている。それが何かは、日本人すべてが識り得る環境にある。と言えど、この八月の状況を見るにつけ日本はこんな事で時を過ごすだけで良いのだろうか。


日本は大東亜戦争に“敗れた”降伏宣言をした時から「敗戦国」として扱われた事を、その日から過去へ流してしまわなかっただろうか。
そして、勝者の論理による裁きを受け(“東京裁判”Tokyo Trialというタイトルとして映像が流れた)A,B,C級戦犯に仕立てあげられ國の為に戦った多くの日本人が「戦争の責任」を甘んじて受けたのである。
その極東国際裁判での※死刑宣言された7名の指導者の法廷での態度は日本人の矜持を保った見事な姿勢であった事を伺わせる。
確実に言えることは、この7人の指導者に日本人は戦争責任をすべて背負わせ、平和を貪って来たのである。ナチスにすべてを負わせたドイツ人と共に免罪符とした。


「敗戦」という事実を戦後という言葉に置き替え表現することに問題はないと考えるが、ならば「戦後・・・」に込められた表現に「戦争で敗れた事実」を日本人総てが胸に刻んで戦後を過して来ただろうか。甚だ疑わしい。
その内容を挙げたら限がない程蓄積された時空が72年になるのである。


今、日本は北朝鮮の核・ミサイル開発とその露骨な威嚇、脅迫的姿勢に対し、抑止力を保持しているかと問うたら、何んと応えますか。憲法が安全保障の障害となっているのだ。
この島国に居て敗戦後の歴史を考察したら敵国であった米国の庇護の下で経済大国へ突き進み、世界各地で起きる紛争に背を向けて生きてこられたのである。
しかし、世界を先導してきた米国に陰りが見えはじめ、欧州・EUも結束に綻びが見えはじめ、宗教、民族の対立は激化、それに諸国の思惑が絡み複雑化するばかりである。
その間隙を縫っての北朝鮮の台頭、中国は東・南シナ海での各地各様の緊張や争いを起こしている。これは中国のチベット、新疆ウィグルの侵略に通じる行為である。又「一帯一路」構想はAIIBを設立して批判の矛先をかわしながら、陸路、海路から弱小国を巻き込む形を変えた植民地主義的戦略である。これについては真意を分かっていながら誰一人正式に異を唱える国家はない。
北朝鮮の核・ミサイル開発推進は中国のお墨付きなくして継続出来ない事を認識すべきなのである。又、露の支援も露骨になってきている。
日本にとって韓国を含めた韓半島、中共、そして露国が、地政学的に極めて危うい位置にあるにも関わらず、油断し能天気で国内の小事で政治ショーを展開する指導層に猛省と歴史の事実を究明する姿勢と国としての統一した見解を導き出す、組織の整備と充実を早急に始動すべきである。
そこには保守勢力と保守でありながら正面から正論を以って批判できる勢力の集団から、メンバーを選ぶべきで、左への傾斜族は論外である。


韓国の文在寅大統領は「脱原発」へ突然転換した。
そして首相直属の「公論化委員会」を組織。トップには左派の元裁判官が就き、メンバーに原子力の専門家はいない。
大統領は「社会的合意に従うもので、適切な過程だ」と言い、大衆迎合主義そのものが韓国文政権のスタンスの主軸である事を認識すべきである。
「慰安婦問題」「徴用工問題」もすべて国民感情に添うとの姿勢を表わし、国民の感情を更にコントロールし、外交の武器とする。
徴用工問題では北朝鮮と共同調査案まで言い出す。今の韓国との歴史認識問題は韓国のみに非ず、北朝鮮も同様と考えよ!とこのコーナーで伝えてきている。その認識なく、戦後72年経ち、更に未来永劫にわたって悩まされるだけである。
何度でも言う!助けず!教えず!関わらず!の基本を忘れるな。


「原爆の日」という遣い方が一般的であるが、何んの意を以って使用しているのか全く理解不能であります。毎年広島、長崎で厳かに挙行され日本人なら犠牲者のご冥福を祈る意思を持ち合わせています。
そして例年の如く、広島市、長崎市の“平和宣言”が表わされます。今年は北朝鮮の核・ミサイルの脅威が増す最中、北朝鮮のこの事に一切言葉なく両市長は核廃絶求めた。日本が核兵器禁止条約に賛成しなかった事を非難し、長崎市長は「核の傘」をも放棄を明確に求めた。日本を取り巻く脅威の環境の中で、核の傘まで捨てよ!と言うは易し、なら日本の防衛、独立はどうすれば良いのか?問いたい!左の人よ!


朝日新聞も米国の拡大抑止を保持するとした安倍首相を「どこの国の総理か」と糾弾。批判するだけで日本の安全保障への配慮や北朝鮮の核の脅威への対策なしに一方的な防衛放棄を叫ぶだけの論調には「どこの国の新聞」と言いたくなる。
朝日新聞は今年の憲法記念日に際し、社説で
≪自衛隊はあくまで防衛に徹する「盾」となり、強力な打撃力を持つ米軍が「矛」の役割を果す。この役割分担こそ、憲法九条を生かす政治の知恵だ≫
朝日新聞の戦前、戦中そして戦後の存在哲学(思想)の無貞節振りに眼を見張る。ダブルスタンダードの最たるメディアであり、その根源は米国の戦後の日本改造戦略の隠れた協力者である。安倍晋三首相が憲法改正提言した中で憲法九条1項、2項はそのまヽにして3項として自衛隊の存在を明記するとした。
これは明らかに米国の意思であり、憲法改正は容認するが第九条1項、ましてや2項の改正は“まかりならぬ”とのお達しがあったのだろう。
韓国との「慰安婦合意」も米国の強い働きかけの結果と言われているが、韓国の国際的信義を省みない態度、米国内での慰安婦像の設置についても何ら関与せず、放置しておく事のメリットを米国は維持し続けるだろう。


8月15日を「終戦記念日」とするのは大間違いである。そして大東亜戦争で尊い命を落とされた英霊は「犠牲者」ではなく「戦没者」である。
又、原爆投下による被害者、大空襲による被害者、沖縄戦での国民の被害者は全て「犠牲者」である。この区分なくして戦争を総括することは大いなる間違った世論を形成してしまうし、現在がそのものである。
戦没者追悼式典での天皇陛下のお言葉、安倍晋三総理大臣の言葉は毎年同じ及第点であるが変り様がない。しかし大島衆議院長の言葉は「犠牲者」であった。是って大東亜戦争とは、そして敗戦を総括していない証左なり。
天皇陛下をはじめ皇族の靖国神社参拝が“ムッと”しているこの戦後社会を変える唯一の方法である。
安倍晋三首相に希待したが?


八月、特に公共放送NHKは戦争に絡まる番組編成が例年繰り返される。
すべて生の映像を駆使するが故に、すべて真実に観え、又、語りがNHKの思想を付加する事によって正しい放送をしていると訴える。
各番組は相も変わらぬ内容であり、再編集物もあると考える。
その中で、
1945.8.9既に日本の降伏を情報として持っていながらソ連は“日ソ中立条約を一方的に破棄して参戦、先発隊には多くの囚人を含むという。そんなソ連軍が満州及び日本領の南樺太に侵攻したのである。
8月15日ポツダム宣言受託を表明した後、留萌沖で南樺太からの引揚げ船が3隻の潜水艦によって攻撃され、1,708名以上が死亡した。そのほとんどが女性や子供、老人だった。(三船遭難事件である)
残虐行為はソ連の仕業だが、否定され、敗戦国の日本は厳しく指弾できなかった。「国籍不明」の潜水艦として処理。
これが敗戦という現実である。終戦でひと括りにするな!
満州でも引揚げ途中に多くの日本人が虐殺されたのである。


8月12日NHK Specialは本土空襲の全貌は米国の日本には“民間人はいない”という見解を基に日本の主要都市に無差別爆撃を敢行。さらに無差別爆撃を推進したカーチス・ルメイ将軍に戦後の日本は勲章を贈って顕彰までする。敗戦とはこヽまでするの?
広島・長崎もその一環で、連続性ある思考の下、投下され210,000余人の犠牲者が出た。ポツダム宣言通告後も空襲は止まず、延べ66都市459,000余人の犠牲者を出したのである。
明らかな戦争犯罪であるが、敗戦国は抗議すら不可なり。これが現実である。
そして南樺太への戦禍の拡大は是又敗戦を知っていた軍人、民間人問わず大きな犠牲を払ったのである。
その一例として真岡市郵便局電話交換手9人の乙女のうち1人の妹が出演、南樺太 真岡へ行き犠牲となった姉を偲ぶシーンが公開された。
そしてNHKの語りとして
≪還りみられなかった悲劇と、どう向き合うか、知られざる地上戦、樺太5,000人の犠牲者、悲劇の7日間≫と言い放った!


NHKはさも今年の放映まで識らなかったとでも言いたいのか。
この南樺太へのソ連の侵略、そしてその残虐さは1974年(今から43年前)「氷雪の門」として映画製作され、ソ連の侵攻作戦のただなかで、最後まで通信連絡をとり続け、迫りくる身の危険の最中、電話交換手9人の乙女は自ら命を絶つという悲劇を描いた真実を語る映画である。
劇場公開中に急遽上映中止となったのである。
ソ連からの抗議に国が折れたのである。
この事実を天下のNHKが知らぬはずがない。当時のメディアをはじめ社会各層は左翼が牛耳っていた故、問題にしなかったのである。
当時、日本は独立国であったのだ。大東亜戦争を敗戦として日本人の魂の中に捉えず、何事も終戦~、終戦〇〇年で事を済ませてきた曖昧さが積もり積もって日本人の精神構造を日本人自ら変えてしまったのであろう。
これを取り戻すのは至難の業である。


日本経済新聞の8月15日社説は片寄りを上手く隠した内容となっている。
「鉄の暴風」「和解の象徴」「戦争指導者」「靖国神社は一部国粋主義者の牙城」「富田メモ」等キーワード入りである。


配給された「平和」という枕の上に眠りつづけた日本の戦後史的考えは、今世界の現状からみれば有効期限がとっくに切れている。
これから目覚めるには又、72年以上の歳月を要するかもしれません。
そして、毎年くる夏に大東亜戦争の戦没者・犠牲者に対する深い鎮魂を心に深く刻める社会、日本人でありたいと希うばかりである。



※ A級戦犯 刑死者 7名
・松井石根・陸軍大将 中支軍方面軍司令官・上海派遣軍司令官(南京陥落時の総司令官)
・東條英機・首相、陸軍大将(S19.7迄首相、昭和天皇が最も信頼した軍人の一人)
・広田広毅・首相、外相(唯一の民間人、裁判中一切黙否)
・土肥原賢二・陸軍大将(在満州特務機関長)(満州国創立工作の中心的存在)
・木村兵太郎・陸軍大将(ビルマ方面軍司令官)
・武藤章・陸軍中将 近衛師団長、第14方面軍参謀長(山下奉文の希望)
(日米開戦反対論者、東條英機の参謀的存在)
・板垣征四郎・陸軍大将、陸相、朝鮮軍司令官、第7方面軍司令官