ときに鋭く世相を斬り、ときに緩やかにあなたを癒す珠玉(?)の時事エッセイ。お仕事中の息抜きなどにお読みいただけたら幸いです。

安倍晋三内閣総理大臣は8月29日辞任表明しました。
持病が悪化する中(難病)、政権を維持することは

・国民の負託に自信をもって応えられる状態でなくなった以上総理の地位にあり続けるべきではない。
・病気と治療を抱え体力が万全でない中、大切な政治判断を誤ることがあってはならない。
と説明、更に
「様々な政策が実現途上にある中、コロナ禍の中、職を辞することについて国民に心よりお詫び申し上げる。
拉致問題未解決「痛恨の極み」
北方領土問題、憲法改正「志半ばで職を去ることは断腸の思いだ」


辞任表明、心の隅にあったが、直接聞く現実は「晴天の霹靂」であり遺憾に思うばかりです。


安倍晋三という政治家は日本憲政史上“五指に入る”有能な政治家で、複雑化・一国主義中心の国際社会にあって首相辞任の報に寄せられる“賛美の辞”は半端ではない。
ここでは取り上げないが、(酷評は仏のル・モンド紙のみ)
国民の多岐にわたる期待、批判を一身に背負い、さらに健康問題を抱え、日本国を愛し、憲政史上最長の在職時空を走り抜けた大宰相である。
「回復につとめ、その暁には是非再登場して下さい」


「ご苦労様でした。お身体を大切にして下さい」との声、内・外から寄せられている中でも、酷い記事で纏めている「朝日新聞」そして、それに影響を受けている国民が大勢しる事、大いに憂います。



2020/09/01 第154回 日本人にとって「8月15日」は何の日!



2020年8月15日、75回目になる「終戦の日」は世界中がWuhan Corona Virus感染拡大下、コロナ禍の最中に迎えたのである。
2020年は東京で迎える世界友好・平和の祭典開催のはずが、8月15日現在の世界の感染者数21,162,956人、死者764,741人、(米ジョンズ・ポプキンス大学統計)に達し、日々増加している現下、2021年果たして東京オリンピック開催はあるのか?
(8月30日現在の世界の感染者25,009,250人、死者825,794人)


この因を作ったのは、中華人民共和国であり、その責任は大きい。
その認識の上に起てば、率直な行動となり、自ずと世界に受け入れられ、世界の国々がコロナ禍克服の為に、自ら出来る範囲で最大限の努力としただろう。こういう姿が世界平和への絶対的条件となっていくのである。
しかし、中華人民共和国の実像は、コロナ禍で苦しんでいる国々に対する覇権行為以外の何物でもない。世界で軍事力、経済力とも強大化して唯一生き残った共産主義国の脅威を認識し、行動を起こす国家は米国のみである。


翻って8月15日の「終戦の日」に毎年想う事は、日本が3四半世紀、75年を迎えても尚、先の大戦によって国家の為に尊い生命を捧げた英霊に対する恩義が薄れつつあることを嘆かずにはいられない。
民間人の犠牲者も祀られているのです。日本全域にわたる無差別爆撃(東京大空襲他)広島、長崎への原爆投下、沖縄戦での県民犠牲者への慰霊は毎年個別に盛大に行われ、今日迄風化せずに将来にわたっても継続されるだろう。


「お国の為に戦って下さい。もし戦死したら靖國神社にご祭神としてお祀りしますから」そう約束され多くの若者が戦って亡くなった」
国が「靖國神社に祀る」と約束した以上、時代が流れても責務が消える事はない。
それを形で示すのは靖國神社への参拝である。
時代が移り、ご遺族が日本に存在する限り(永久に継がれるのである)すべての日本人は祀られている方々のお陰で、生きる権利を獲得した!と想う心根が維持されるべきである。


75年を迎えた8月15日、この日の新聞メディアの「社説」は熟読すべきであり、敗戦(正式には9月2日の連合国に対する降伏文書署名を以って。日本国敗戦日とする)を終戦とする事によって、歴史認識の誤りを今日迄引き摺ってきたのであります。
日本人が日本人として世界で生きてきた歴史(近現代史)を正しく見つめ、誇りと矜持を取り戻すことが、2020年の世界情勢を正視し、日本の立ち位置を確立する絶好の機会であると考える。
この期を逃したらGHQに植え付けられた自虐史観、贖罪意識は心に浸透し永遠に消える事なく日本人のこれらからの思考、行動を縛りつけることだろう。


では何を考えたら良いのか。
まず、1945年8月15日、昭和天皇“終戦詔書?は日本国、国民の苦しみに終止符を打つべく、ポツダム宣言を当時の政府、鈴木貫太郎内閣に受諾させる為発せられた昭和天皇の詔書である。
これを以って“終戦の日”と摺り換えた戦後日本人は大東亜戦争を含めた近現代の日本の正しい歴史を忘却、この日を境に日本人は異質な日本人と化したのである。


正式には、『大東亜戦争終結ノ詔書』と呼ばれ、800余字の中に凝縮されている昭和天皇のご決意の御心は戦後日本が歩むべき道導となるものであったのだ。
しかるに、日本国は連合国軍(GHQ)に占領され、WGIPではないが、精神的改造計画、実施諸施策によって1945年8月16日から徐々に変身して来たのである。
戦後教育も歴史を学ばせず、学ばず、長い歳月をかけ、現代日本人を創り上げてきたのである。


次に8月15日の新聞メディアの“社説”を要約して載せる。
《・・・》は小者の意見であり、メディアによって視点が異なるのも当然であるが、国として重要なテーマについては、出来るだけ多くの考え方に触れ自らの思考と対比されたし。

読売新聞:・国際協調維持へ役割果たそう
・惨禍招かぬよう記憶を伝えたい
310万人の命を落とした昭和の戦争の惨禍に上に、今日の日本がある。その尊い犠牲を礎に平和と繁栄を守り抜かねばならない。
米ソ冷戦は終結、イデオロギー対立の時代は去った。しかし現在は、国際秩序はむしろ動揺を深めている。
米国の「自国第一」主義、中華人民共和国の国際ルールを蔑にし、米中対立の激化。ロシアの一方的現状変更策、世界で起きている事案に対し、日本は国際ルールに即した協調路線へ引き戻す役割を果たしたい。そのためは、経済力を低下させずに国内を安定を保つことである。健全な内政こそは国際協調に資する外交の前提と言える。


現実的な防衛論として「国の安全を守ることは米国軍に委任し、我々は自分の生活さえよければ・・・」できた戦後。
現在は「如何なる国も或程度まで自ら衛る力を必要とする」考え方に安全保障政策を転換しつつある。
日本の周辺国の行動は切迫した日本の脅威となっている。
《本来の脅威は中共だが、それを正視せず、北朝鮮というのは的外れだろう》
抑止力を高めると共に、国際協調に対する挑戦がどれほど悲惨な結果を招くか、戦争の記憶を継承し世界へ訴え続ける事は日本人の責務である。
領土の歴史も正確に。
戦後75年を機に領土や戦後処理の歴史を若い世代に正しく伝えていくことが重要である。


朝日新聞:・戦後75年の現在地
・不戦と民主の誓い新たに
日本が戦争に敗れて75年である。
筆舌に尽くせぬ惨状を経て、この国は戦争の愚かさを平和の貴さを学んだ。
《自らが進んで学んだのではなく学ばされたのだ》
“二度と過ちを繰り返さない”は民主主義の世の中に変わるという国民の意識だった。《どこかで使われている言葉だ》
その要素はどこまで達成させられただろうか。
人が等しく個人として人間の安全が問われている。
後藤新平の感染症の水際作戦に触れている。
《後藤新平が生きた時代の歴史を今、教育で扱っているだろうか》


・憲法に背を向ける政権
 日本国憲法は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きる事のないようにする」とし、「主権が国民に存する」と宣言した。
・不戦の誓いが民主主義と連続した戦後思想は国民に浸透しているといえるだろうか?
・背を向けているのは国会軽視の数々、情報公開より隠蔽、権力の乱用
・国民主権の冒?というほかない
・75年前再出発した日本が目指した民主国家づくりはどこまで実践されているか?
《社説の記述は誰もが思考する内容にとどまり、疑問符をつけ、現状を批判、最後は安倍政権批判で締め括る。朝日新聞は常に日本国の歩みと共にあって、戦意高揚の記事を掲げ続け、従軍記者を大勢帯同したにも関わらず、国の情報公開姿勢を戦後になって責めている。そして戦後はGHQの日本弱体化政策の意に添った報道姿勢を維持、実体は「反日・隠れ親米」メディアなのだ》


産経新聞:・終戦の日に 論説委員長 乾正人 署名記事産経のみ
・戦間期の終わりに備えよ
・自由と平和を守り抜くために
筆者は8月14日参拝し遊就館参観した。
《遊就館の展示は何も戦争を賛美する為に非ず、すべて事実を説明し、それを視覚に訴えるものである。小生も前日に参拝、遊就館を久しぶりに訪れた。ここにはもっと時を取って訪れたい。これを戦争賛美という勢力は、日本人に非ず、何処の人?》
《長野県上田市の山あいに佇む“無言館”にも訪れることを進めたい》
安倍晋三首相の参拝が実現しない事は「戦時下」とも表現されているコロナ禍で人々が不安に駆られている今こそ一国のリーダーが戦没者の霊を慰め、人々の安寧を祈る秋である。
現在の中華人民共和国の「言論の自由の封殺」「異民族への非寛容さ」「軍事力の膨張」は、大日本帝国と同じ軌跡を歩んでいるかのようである。《日本との同一視に異論あり!》
・米中の軍事衝突に現実味
自由も民主主義も軍事力の裏付けなくして保持できないことは戦後75年を経っても「事実」であり続ける。
戦争で亡くなった人々の霊を慰め、自由と平和を守り抜くために我々は今、何をすべきか。静かに考えてみよう。


日本経済新聞:・戦争の何を語りつぐべきなのか
玉音放送の夏から75年がすぎ、…犠牲者に哀悼の意を表し、平和への誓いを新たにしたい。
コロナ禍を第二次世界大戦以来の国難と位置付けるのも当然である。
・70年談話を読み返そう
「終戦の日」が口の端に上がらなくなれば、戦争の記憶はいよいよ風化していく。
「戦争を語り継ごう」と言うが、何を語り継げばよいのか。犠牲になった悲惨な姿を伝えることは、戦争抑止の一助となろう。自国の犠牲のみではなくアジア諸国に多大な損害を与えたことは率直に認めなければならない。
そして偏った歴史観を若い世代に植え付けてはならない。
《安倍首相の70年談話の内容を肯定する部分を記述しながら、日本が第二次世界大戦の火蓋を切ったと断言する。そして世界は歴史の見直しを求める声が広がっている。
ドイツのヒトラーの責任を問い続ける姿勢を評価し戦後日本における戦争責任者A級戦犯を、靖國神社に祀っている事は、その責任追及が手ぬるいという》。
《日経は昭和天皇が靖國参拝しないのは、A級戦犯が合祀されているからといったメモを発見したと(宮内庁長官の)スクープし戦争責任をすべて戦犯者に被せ、GHQが作った似非民主主義を金科玉条の如く堅守しようとするマスメディアの典型である。昭和天皇が最も信頼した人物は東条英機といわれている》


「玉音放送」の言葉を社説の頭に載せたのは日本経済新聞。
しかし、昭和天皇の御心に一片も触れることなく無視。すぐ安倍晋三首相の“70年談話”に飛び、過去を顧みた認識をした上で、若者に偏った歴史認識を植え付けてはならないという。
敗戦後一貫して偏った歴史観を国民に擦り付ける一翼を担ったメディアとして一遍の反省もなき言い様である。
更に「玉音放送」を利用するなら、上皇陛下、今上天皇の即ち平成、令和における「戦没者追悼式」でのお言葉に表されている「……反省」との乖離をどう説明するのだろうか。
即ち、日経の立ち位置も含め、4紙を評価するのは国民一人ひとりである。


混迷する世界情勢の中、一大自由・民主主義国と共産党独裁全体主義国は、米国・中華人民共和国のイデオロギー対峙となっている。経済的懸案事項は妥協の余地はあるものの、イデオロギーに於ける対峙に今や妥協はない。ましてや
今の米国では戦前から巣喰う共産主義の流れを汲む数え切れない左翼集団がポリティカル・コレクトネスを武器に歴史修正運動を過激派(Anti-fascismに代表される)も含め全国展開している。愈々共産主義とのイデオロギー面での妥協は考えられない。
この体制紛争下、日本もその渦中の放たれている事の危機意識をどれ程の国民が抱いているのか?


今の日本にとって重要なのは意識の覚醒である。

・戦前から戦後、そして今も日本の深層部に巣喰う左翼層が創って来た現代日本社会を修正する時である。
その為に歴史認識の再構築である。その基礎とすべき資料は、昭和3年1月1日から昭和20年9月2日までの間に刊行物22万タイトルの内、GHQによって焚書扱いされた7,769点は真の日本の歴史事実を抹殺するものでした。(検閲による刊行不許可は含まず)
その焚書を読む事は極めて難しいことですが、次の資料は是非目を通したいものと推します。

・昭和天皇の「大東亜戦争終結ノ詔書」

・極東・国際軍事裁判に参加した、インド:ラダ・ビノード・パール判事、オランダ:ベルト・レーリンク判事の判決文。

・1951年5月3日、米国議会上院軍事外交合同委員会でのGHQ総司令官ダグラス・マッカーサー元帥の証言。

・S22年刊行の横田喜三郎著「戦争犯罪論」占領下での刊行はGHQのお墨付きであり、この理論が現在の政治・憲法学者のバイブルであり、全国に根を張る護憲派の底辺を支えている。

・江藤淳著「閉ざされた言語空間」
日本人として必読刊行物。


※香港国家安全維持法施行後、8月10日民主派のリーダー「蘋果日報」(Apple Daily)創業者、黎智英(ジミー・ライ)、活動家周庭(アグネス・チョウ)さん他9人が警官200人動員して逮捕。衝撃が走ったが、翌日保釈、1日の拘留で何故保釈したのか考えられない!
これに関し、安倍晋三政権は中共政府に何らかの形でインパクトを与えたとの情報もあり。しかしマスメディアは一切報道せず。
又、尖閣諸島周辺に、漁獲解禁は8月16日以降中共漁船が大挙して尖閣周辺にて操業と、日本側は危機感と煽った。
しかし、中共政府は、“微妙な関係の海域で操業禁止”を発令した。
大きな混乱は回避されたが。
この件も含め香港の問題での中華人民共和国の真意は、全く変わる事なく、行動の先延ばしに過ぎない。
対してこの2案件に絡んだ日本政府は、中共政府に何を代償として与えたのか???
さきざき日本国内混乱の基になるのでは!


武漢コロナウイルスの感染が大事になり、日本人の精神状態は萎縮、それが経済に波及、社会は疲弊、これを創造してきた因に一つにマスメディア・ウイルスの危機感の煽動にある。
彼らには明るい未来に向けた報道姿勢を社会的使命と心得るべし!